あれから数日が経った。

 紬は、相変わらず放課後に図書室に足を運んでいた。

 読書に集中しようとするのに、どうしても湊の顔が頭に浮かんでしまう。

 それも、湊が微笑みながら言った言葉が、何度も耳に残るからだ。

 ――「その本、俺も読んだことある」
 ――「また今度話そっか」

 ふとした瞬間に、その笑顔が思い出される。

 今度、話せるのだろうか。

 次は何を話そうか。

 図書室の扉が開く音で、紬はすぐに顔を上げた。湊だった。

 「あ、また来たんだ」

 湊は、少し驚いたように言うと、にっこりと笑いながら席を選んだ。

 今日はいつもと違って、ほんの少し離れた席に座ったけれど、それでも紬の方をちらりと見る。

 「あ、うん。えっと...なんか、読んでると落ち着くんだ」

 紬は言葉を選びながら、思わず答えた。

 その一言に湊は「わかる!」と反応して、すぐに自分の席を見つけて座ると、さりげなく声をかけてきた。

 「俺も、図書室で静かに本読むのが好きなんだ。なんか、他の場所じゃ落ち着かないんだよね」

 紬は驚いた。湊も同じように思っているなんて。

 「私も……たまに、ほっとできるんだ」

 ちょっとだけ笑って言うと、湊も笑顔を返してきた。

 「じゃあ、今度一緒に読書会とかやってみる?」

 湊の提案に、紬は少し考えてから、少し照れくさそうに首をかしげた。

 「え、でも、私、そんなに話せるわけじゃないから……」

 つい、そう言ってしまった。

 湊は、少し考え込むような素振りを見せてから、にっこりと笑った。

 「そんなに話さなくてもいいよ。少しずつでいいんだよ。最初からうまく話す必要なんてないよ」

 その言葉に、紬の心は少し軽くなった。

 まるでそのままで大丈夫だと言われたようで、少しだけ安心した。

 その後も、湊は毎日のように図書室で顔を見せるようになった。

 特に何かを話すわけではなく、ただ隣に座って、一緒に本を読むことが多くなった。

 それだけで、紬はなんだか心地よく感じていた。

 静かな時間が、湊という存在と一緒に過ごせるだけで、何となく優しくなる気がした。

 ある日、放課後の図書室で、湊が突然「ねぇ、今日は一緒に帰らない?」と声をかけてきた。

 「え?……あ、うん、い、いいけど」

 驚きながらも、心の中で湊の声に何かが反応しているのを感じた。

 普段、誰かと帰ることなんてほとんどない。

 こうして話すのも、湊と一緒だからこそできることだった。

 二人は並んで歩きながら、言葉少なに帰路についた。

 湊は、何か話したいことがあるようだったけれど、無理に会話を引き出すことはせず、ただ静かに歩く。

 紬は、湊と一緒にいるときの、あの自然な距離感が心地よいと思った。

 無理に話す必要もなく、ただ隣にいるだけで安心できる。

 なんだか、いつも心の中で押し込めていた何かが少しずつ溶けていくような感じがした。

 「今日は、ありがとう」

 思わずそう言った自分に、湊は振り返って笑った。

 「こちらこそ、楽しかったよ」

 それだけ言って、また歩き出した湊の背中に、紬は少しだけ顔を赤らめた。

 だんだんと、湊との距離が近づいていくような予感がした。

 少しずつだけど、心が温かくなる瞬間が増えていく気がして、紬は次に何を話せばいいのか、考えるのが楽しみになってきた。