「ねえ、アイスが溶ける速さの競争しようよ」

 不自然に腹部を膨らませた伊丹(いたみ)は挨拶もそこそこに、こそこそと盗人のような足取りでわたしの隣にしゃがんできた。
 さも当然かのように、定位置かのように。
 プールサイドに建てられた見学者用のテントの下で、たった2人。クラスにはわたしたち以外にあと40人も人間がいるというのに、わたしたちは今ふたりきり。
 それもそうか、とプールを遠慮なく真上から照らす太陽をそっと見上げて納得する。8月31日の午後3時なんて奇妙な時間にプールサイドにいるもの好きはわたしたちくらいだ。

 けれど、そもそも呼び出してきたのはそっちのくせに、平然とした顔で遅刻してなお、感謝・謝罪・挨拶のどの言葉もない伊丹を見ると、彼はやはり人の痛みを理解できない質らしい。わたしがなにも言わないでいると、程なくしてプールサイドには静寂が訪れた。
 二人だけで独占するには些か広すぎる夏休みのプールサイド。辺りにはキツイ塩素の匂いと蒸し暑さを助長する湿気が二人でも手に余るほど充満していた。

真白(ましろ)はソーダとイチゴ、どっちが好き?」

 わたしがうんとも寸とも言わないのも日常茶飯事、なんて顔をして流れるように勝手に話を進める彼。
 その首筋には薄っすらと透明な汗が浮かんでいた。日陰、とは言っても8月のプールサイドは暑い。いや、熱いの間違いか。熱を持ったアスファルトは鉄板と同じだ。

「じゃあ、俺がソーダね」

 少しも悩む素振りを見せずに伊丹は言った。
 ガサリ、とビニールが擦れる音が聞こえて膨らんだ腹部から、日本一有名な笑顔がトレードマークのアイスキャンディーが薄っすらと覗くコンビニの袋を取り出した。
 捲られたYシャツの向こう側の肌は、夏に似合わぬ白さで痛々しく肋骨が浮き出ていた。
 思わず目を逸らすと「変態」と目を細めた彼に笑われて、その憎たらしい顔を睨みつける。

 「やだなぁ、冗談だよ。恐い顔しないでよ」

 全く反省の色を見せないこの男、たしか初めてプールサイドで話した時も同じ台詞を吐いていた気がする。