あの日に友梨ちゃんが教えてくれた哲也くんの噂は、小さな学校ではあっという間に広がってしまった。ただ先生たちは本当のことを知っているし、まだ実害が出ているわけではないから何も口を出してこない。
「一歳年上なのだから、成績が上位なのも当然のこと。それをちらつかせば私がなびくのも当たり前じゃないか」と噂そのものもエスカレートしていった。
あの中学の自傷未遂事件があってから、私はそれまで短かった髪を長く伸ばし始めた。お化粧は規制されていることが多いけれど、私たちが在学することになった高校には華美過ぎなければ髪型に規定はなかったから。
だから、高校に入ってからも伸ばし続けた髪は今では背中まで達している。女子のたしなみとしてその長さでも枝毛が出ないように維持した。それは校内で人気がある哲也くんの隣で私が釣り合って歩けるようにと私が自分から始めたことだ。
だから、三年生で哲也くんが生徒会長で、私が副会長と決まったときに、生徒会からの要望議題として髪型やお化粧の項目について学校の先生たちとよく話した。
校則で束縛しない代わりに、風紀委員の子たちにも協力をお願いして、それまでに時折見られた過度な毛染めやお化粧は自粛してもらうようにお願いをして回った。私自身も女子の見本になれるようにとそれまで以上に気を付けるようにした。
その結果、同じ校内の先生から目に余る行動が激減したという声だけでなく、周辺の高校からも、うちの高校の女子生徒が清楚に可愛く変わってきたという声が多くなったのも知っている。
そんな中で私が理由もなくなびくだなんて余計な背びれ尾ひれがつき始めたのには正直頭にきた。
でも、ここで私たちから爆発しては相手の思うつぼだ。いつかそれを晴らせる機会は来るからと、お互いにじっと我慢の日々が続いた。
週末の夜にはよく二人でビデオ通話をする。今週もその時間の中で、やはり話題は例の一件が中心だ。
『言いたい奴には言わせておけばいい。先生も沙也も本当の事情を知っているんだから俺は構わない。わざわざこっちからネタを提供する必要はないだろう?』
「それはそうなんだけど……」
私の不満げな声を聞いて彼はいつもと変わらずに笑った。直接会っている時だったら、頭をポンポン叩かれていただろうね。
『それももう少しの辛抱だ。高校三年生の三学期は自主登校になるから、ほとんどが学校に来なくなる。受験で必死になっている連中ほどこの噂で大騒ぎしている。俺たちの話題を声高に言っているなんて、そんなくだらない連中が現実から逃げているだけなんだ。いざ試験日が近づけば騒いでいる時間なんてなくなるよ』
よかった……。ちゃんと冷静に分析して考えてくれてるんだ……。幸いにも私たち二人とも大学の進路は先に決まっている。
その事さえ裏ではコソコソ言われてることも知っているけれど、それはそれまでの時間の過ごし方の結果だからと、私もその話題には何も言わないことにしている。
ここまでの道は、本当に哲也くんがいてくれたからだと思っている。
二人ともこれまで何度も人生の波にもまれて落ち込んで、そのたびに二人で支え合ってきた。
だから、私は言われているような年齢はもちろん、見た目とか頭の良さとかでお付き合いする人を決めたわけじゃない。そんなもので決めたなんて言おうものならそれこそ哲也くんに失礼な話だ。
『沙也、もう少しの辛抱。だけど、危ない事があれば俺だって考えていることはあるから。ちゃんと二人で支えあっていくって決めただろう? 俺だって沙也がそんなふうにいろいろと吹き込まれて苦しむ姿を見ていたいわけじゃない』
「うん……。ありがと………」
『冬休みまでもう少し。その後はのんびり勉強しながら過ごそうぜ? じゃぁおやすみ』
「おやすみなさい」
そうだ。冬休みに入ってしまえば、もうこんな話からは解放される。
その時はそう思っていたのだけど、現実はまさか哲也くんがあんな思い切った行動に出るとは思っていなかった私が甘かったんだよね……。



