全部話せば長くなってしまうけど、ちょっとの間だけ聞いてもらえると嬉しいかな。

 私が哲也くんに初めて出会ったのは中学二年の時だった。

 その頃の私は、ひどいイジメを受けていて、無視をされたり、物を隠される、勝手に処分されてしまうこともあったくらい。

 やり方も姑息で先生に相談しても証拠がないからと動いてくれない。その一方で家ではそんな話題をして心配させたくもなくて、ずっと黙っていたんだ……。

 それが限界まで溜まって……、もうどこにも行くところがないと思い込んでしまった私は、一人で冬の海の中に足を進めていた。

 もうすぐ波で足をさらわれる……。そう思った時、私の名前を呼びながら腕をつかんで、頬をひっぱたいて足止めをしてくれたのが哲也くんだった。

 彼も私と同じ経験をしていたから、名前は知っていたんだとも教えてくれた。

 肝心なのは、その時の哲也くんはひとつ歳上、中学三年生の先輩だったということだ。小学校時代からのイジメを黙らせるために勉強も体力作りもして、その頃には校内で誰からもひと目置かれる存在になっていた。

 だから、私が今も学校を離れて二人きりになると、当時のように「先輩」と呼ぶのはこれに由来しているんだ。

 先輩は私に自分の経験を教えてくれたり、勉強もつきっきりで教えてくれて、今の高校に進学できた。


 先輩は高校に入ってからも週末は家庭教師のように来てくれた。「今は辛いかもしれないけれど、成績が上がれば先生の目が届くようになって、自然に嫌がらせは収まる」なんて裏事情も教えてもらった。だから二年生と三年生では順位は別人のように変わったよ。

 だから、「私も先輩と同じところを目指します」と約束して、推薦合格をもらった頃に今度は先輩にアクシデントが起きた。

 手術をしなければならない病気を患って入院。学校を長期に休むことになってしまった。

 出席日数不足の関係で、先輩は留年が確定した。

 当時病室で落ち込んでいた先輩に私は、「同級生になれるんですよね? 今度は私も一緒に学校に通えます」と事実上の告白をしてお付き合いが始まった。

 高校一年の時こそクラスは違ったけれど、二年生からは同じクラスになって、周囲にもお付き合いしていることを公表した。未だにいろんな声があるのは知っている。

 校内ツートップでもある私たちが一緒になることを面白く思わない意見があることは最初から想定できる。

 でもそんな声をいちいち気にしていても仕方ない。面と向かって言われることはほとんどなくて、陰口を叩かれるのなんかはお互いに経験者ということもあってすぐに慣れた。

 ただ昨年までと違うことが一つだけある。

 哲也くんが実際は一つ上の先輩であること、その事情を知っている他の先輩方が今年の春に卒業してしまったから、今はいないということだ。

 留年が決まった時、彼は病室で私に顔向けができないなんて言っていた。そんなセリフを二度と吐かせることなんかしたくない。

「強いんだな」って、いつも哲也くんは言ってくれる。本当はそうじゃない。

 私だって消えたいって思って、あと一歩のところで手を引いてくれた。

 そこから立ち上がるきっかけを教えてくれて、今の私がいる。

 お互いに辛い時は隠さない。そんな時はどちらからでも弱音を吐いたり甘えたって構わない。それがまだ名実ともに先輩だった頃に私に教えてくれたし、その時間をたくさん作ってくれた。

 その恩をこれからの時間は返していくんだ。それが私の毎日を過ごす目標になった。

 そんな出会いから始まった私たちだから、哲也くんが歳上だってことは最初から知っていたことなんだよ。だから彼が年をごまかして私と付き合っている……なんて噂は私からしたら「何言ってるの? 本当のことも知らないで?」というのがまだ口に出すことはできないけれど、それが本音なの。

「今日の午後、ずいぶん険しい顔をしていたけど、何かあったんか?」

 その日の授業が全部終わって、いつもどおりの帰り道。哲也くんは私の変化に気づいていた。

 隠し事をしないという約束はこんな時にも有効だから、私は彼に不都合な噂が流れていることを伝えた。

「そのことかぁ。これだから多様性を認めないって言われちゃうんだよな。高校以上は年齢が違っていても問題ないことは調べればすぐに分かることなのにな」

「でも、私は先輩がずっとその噂を流されていることに何もできないことに自分でも許せないんです」

「そっか……。沙也は正義感が強い子だもんな。放っておけば良いんだけど、でもそれは同時に沙也を苦しませてしまう。難しい問題だよな。俺も何かできることがないか考えてみるよ。だから沙也が一人で悩まないで欲しい。いいね?」

「はい」

 今日の宿題はお互いに何とかなりそうだということと、何かあればスマホのビデオ通話で相談すると話し合って、私たちは小さな無人駅で降りて、いつもどおりに改札口で手を振ってそれぞれの家路についた。