夕暮れ時、部活を終えた
校庭からの帰り道。
自転車置き場を抜け、
ふたり並んで歩くのは、
もはや日課だった。
彼は今日もさりげなく
一歩先に出て、隣で歩く
蓮の右側ポジションを
確保する。
「また俺の右側取ってんのかよ」
彼の左隣、蓮が
わざとらしくため息をつく。
「んー? お前ってなんか、車道に飛び出しそうな顔してるだろ。怪我しねえように保護してやってんだよ」
蓮の右側を陣取ったまま、
彼は鼻で笑い軽口を叩く。
「飛び出しそうな顔ってどんな顔だよ」
蓮は苦笑し、少しだけ肩をすくめる。
その瞬間、夕陽に照らされた
右頬がちらりと目に入る。
そこにあるのは、あのほくろ。
小さなほくろが、
蓮の頰の少し上、頬骨あたりに慎ましく存在している。
至近距離じゃないと
見えないほど控えめなのに、
彼の視線は不思議と吸い寄せられる。
それ見るたび、その胸はきゅんと、
かすかに軋むような音を立てていた。
「ま、もし飛び出しても俺が守ってやるよ」
そう言いながら、
彼は蓮の肩を軽く小突いた。
「別に守られるほど危なっかしくないっての。バカにすんなよな」
蓮はふくれ面をして笑った。
長い睫毛、引き締まった顎、
ふとした瞬間に揺れる前髪。
そして、あのほくろ――
その横顔が、たまらなく絵になる。
それを盗み見て、心の中で息を飲む。
見つめていることに気づかれないよう、
彼は一瞬だけ目をそらす。
けれどついつい、
横顔へと視線が戻ってしまう。
「夏樹、聞いてる?」
不意に名前を呼ばれて、
彼の心臓が跳ねた。
「え? ああ、なんだっけ」
夏樹が取り繕うように答えると、
蓮は不満げに眉を寄せる。
「夏樹、お前最近ちょっと変だぞ。ちゃんと話聞けよ」
「別に変じゃねえよ。お前の話がつまんないだけだろ」
適当に返したが、
夏樹は蓮に何か
勘付かれたのではないかと
内心焦っていた。
「つまんないって…ひどいな」
そう言いながらも、
蓮はあっけらかんと前を向く。
その無防備な横顔に、
また目を奪われる。
――ほんと、ずるい横顔してんな。
そんなことを考えるうちに、
ふたりは踏切に差し掛かった。
赤みがかった空の下、
カンカンカン、と警報機の音が響いた。
遮断機がゆっくりと降りてくる。
「おう、ちょうどいい。ちょっと休憩しようぜ蓮」
横顔を眺める時間が増えたことに
内心スキップしながら、
夏樹は立ち止まった。
蓮はその隣に立ちながら、
不思議そうに彼を見つめる。
「なあ夏樹、なんで毎日俺と帰ってんだよ。家、こっちだと遠回りだろ」
心臓が跳ねる。
けど、素知らぬ振りで
夏樹は肩をすくめた。
「なんでって、蓮が小学校の時みたいに飛び出さないか心配だって言ってるだろ。それに帰り道くらい、どこ通るかなんて俺の自由だろ」
「⋯⋯何年前の話だよ」
腑に落ちないといった
横顔で見つめられたが、
それ以上訊いては来なかった。
「まあ、夏樹と一緒に帰れるの、それなりに楽しいから良いけど」
楽しい――
蓮にとっては、
ただそれだけかもしれない。
けれど、その無邪気な言葉は、
夏樹にとって蕩けたマシュマロのように甘かった。
「ほーん、そっか」
そっけなく答えつつ、
胸にあふれる甘さとあたたかさが止まらない。
警報音が止み、遮断機が上がる。
再び歩き始めるふたりの影は、
夕陽に伸びていく。
その影が交わる瞬間、小さく誓う。
――この右側のポジションは、
絶対に譲らないぞ。
それが、自分だけの「特別」を
守る唯一の方法だったから。
『右側の秘密』おわり

