「ルイちゃん! それ、デートじゃん!」
直人の言葉に、僕は食べていたサンドウィッチを詰まらせそうになった。
レッスンの翌日。みんな幸せそうな金曜日。
僕は学食で、直人と隣同士で座った。大きな窓があるカウンター席。外を見ながら話せるし、なんとなく気分もいい。
「イケメン先生とは、今週末に晩飯行くの?」
「ううん。来週のレッスン後だよ」
「ほほお……」
直人が人気のかつ丼を食べている。口の端に、ベタにごはん粒をくっつけている……。
「直人、ごはん粒が……」
「どっちから誘ったの?」
「えっと、リョウ先生から」
「名前もくっつけて呼ぶようになったの? ルイちゃんはなんて呼ばれてるの?」
かつ丼を食べてるし、次々質問してくるし、父さんがよく見てたドラマの刑事みたいだ。
「ぼ、僕も名前で呼ばれてるけど……」
「あ、Wishで『ルイくん』って呼ばれてたっけか」
実際は、もう呼び捨てにされてるけど……。
——ルイ。俺に何かして欲しいの?——
僕は両手で顔を覆った。突っ伏そうとして、ゴン!とおでこをテーブルにぶつけてしまった。
「ルイちゃん。すげえ音したけど……?」
「直人、そんなんじゃないから! 僕、違うんだからね!?」
「え? 俺、今なんも言ってないけど?」
僕は足をジタバタさせた。直人が笑っている。
「店長がさ、ルイちゃんに昨日も感謝してたよ」
「僕に?」
「事情はわからないけど、イケメン先生がワルツの十五番を弾くのは、すごいことらしいからね」
いつか、僕にも話してくれるだろうか。
先生が、音楽から離れてしまった理由。
ピアノから離れてしまった理由。
——ルイくんみたいな子が、昔いてね——
愛のワルツを、避けるようになった理由……。
先生、寂しそうだった。綺麗な横顔で、ぼんやり遠くを見つめて。
「僕ね、リョウ先生のピアノに感動して……。いつか直人にも聴いて欲しいな」
「俺も楽しみにしておくよ」
優しく話す直人を、僕はじっと見つめた。
幼稚園のときも、小学生のときも、中学生のときも、高校生のときさえも。
僕が憧れてしまうのは、いつも男の子だった。
でも、そんなこと絶対に言えなかった。言ったら嫌われてしまうのが、わかっていたから。
直人は多分、そんな僕のことをわかってる。わかってるけど、突っ込んでこない。わかっていても、僕とずっと仲良くしてくれる。「カップルみたいだね」とまわりから言われても、「だろうっ⁉」と返すだけで、重い雰囲気にもさせない。
直人はすごい。本当にすごい。
優しくて、カッコよくて。よく「二重がよかったなあ!」って言ってるけど、僕は直人が笑ったときの朗らかな目が、すごく好きだ。
僕がサークルの集まりに参加していた頃も、直人はいつも僕を気にかけてくれた。僕が端っこの席にいると、必ずジョッキを持って隣に来てくれた。
直人がいるから僕も行こうと、そう思えたくらいだった。
サークルは『音楽が好きな人、集まれ!』という気軽な名前だった。知らない人だらけで気疲れもしたけど、お勧めのピアノ教室を知るきっかけになるかもしれないと、僕は参加を続けた。
だけど、僕はまだお酒が飲めないのに、飲ませてこようとする女の先輩がいた。
「葉山くんって可愛いよね? 目も大きいし、唇もぽてっとしてるし! 悔しいからこれ、飲んで! さあ、飲んで!」
果実が入ったサワーを渡されそうになって、僕は両手でそれを拒否した。
ものすごく酔っぱらってて、声が大きい。お酒臭い。目が据わってる。どうしよう。
「僕、まだ未成年なので。すみません……」
「は? ここに来てるくせに、それはないでしょ。マジでノリ悪いんだけど」
イラッとした様子で言われて、僕は固まってしまった。でも、少し離れた席にいた直人が、僕の様子に気づいて止めに入ってくれた。
「先輩! 俺、五年付き合ってる彼女と天秤にかけるくらい、ルイちゃんのことが好きなんですよ! 盗らないでください!」
その場が笑いに包まれた。その女の先輩も笑っていて、グラスを持ったまま、千鳥足で別のテーブルに移動して行った。
直人はすごい。いつもすごい。
リーダーシップ気質というか、全然押しつけがましくなくて、空気も悪くさせない。
「直人、どうもありがとう」
直人はジョッキを少し掲げて笑った。直人の彼女は別の大学に通ってるけど、こんなに頼もしい彼氏がいたら、心強いだろうなと思う。
僕は頼りになるタイプではない。そのくせ、じゃあ全部に緩くて適当かというと、そんなことはない。ちょっと自分を追い込むところがあったりして、一言で言えば、すごく不器用だ。
ショックなことがあっても、誰にも上手く話せなかったりする。
——葉山くんに好きになってもらえる子は、幸せ者だよ?——
三人目のピアノの先生。おっとりした先生。
僕が女の子を好きになれないことを、わかっているようだった。
先生が髪を束ねている、キラキラした髪留め。先生が使っていた、ピンク色のポンポンがついたシャープペンシル。
家にある綺麗な花瓶、紅茶を淹れてくれるティーカップ、ツヤツヤのグランドピアノ。
僕の心は、全てに惹かれて……。
「葉山くん。これ、いつも褒めてくれるでしょう? 練習頑張ってるから、プレゼント!」
先生がある日、そのシャーペンを僕にくれた。先生が楽譜に何かを書き込むときに、ピンク色のポンポンが揺れていて。
僕は可愛いと、それをよく褒めていた。
「で、でも、これ……僕は……」
欲しかった。すごく。でも、男の子なのに。母さんに怒られそうだ。
「葉山くん。先生からひとつ、お願いがあるの」
先生は僕の頭を撫でて、微笑んだ。
「可愛いものは、可愛い。カッコいいものは、カッコいい。素直にそう言える、大人になってね?」
僕は頷いて、シャーペンを受け取った。先生に抱きつきたいくらいだった。
僕はそれがお気に入りで、大好きで。
リビングでもよく、そのシャーペンを使っていた。学校ではちゃんと鉛筆を使っていた。だからいいやと思って、母さんの前でも、ピンク色のポンポンを揺らしながら愛用していた。
それが、よくなかったのかもしれない。
僕は辞めたくないんだと、先生に言えばよかった。母さんには伝わらなくても、理解してもらえなくても、先生には言えたはずなのに。
僕の隣にいる母さんに遠慮して、僕は何も言えなかった。悲しい表情をする先生のことを、ただただ、僕も泣きそうな顔で見つめていただけだった。
そして、そんな自分の行動を後悔して、落ち込む。僕はその繰り返しだ。
おっとりした先生。元気かな。僕、お花が大好きで、可愛いって素直に言える大学生になったよ……?
僕はまだ、誰かと付き合ったことがない。僕に告白をしてくれた子もいたけど、僕が好きになれずに断ってしまった。
女の子だった。すごくいい子だった。でも、僕は断ってしまった。
告白って、勇気がいるだろうに。悪いことをしてしまった。でも、好きじゃないのに付き合うなんてこと、僕には……。
僕もいつか、夢のような恋愛ができるだろうか。
僕を好きになってくれるような、素敵な男の人はいるだろうか。
——ルイって呼んでいい?——
「はあああああ……」
僕は直人のほうを向いて、テーブルに左側のほっぺをくっつけてうなだれた。直人が、僕の右側のほっぺをツンツンつついてくる。これ、よくやってくる。直人は気にしてなさそうだけど、直人が変な目で見られないか、僕は心配だ。
「イケメン先生とデートしないなら、明日は俺とデートする?」
「え? 彼女は?」
直人はコップに入ったお茶を飲み干した。
「彼女は、友達と温泉旅行中。俺はお留守番」
直人がスマホを僕に見せてきた。浴衣姿でピースをする彼女と、友達が写っていた。美味しそうなご飯がたくさん並んでいる。
「わあっ! いいなあ!」
「だよね。浴衣姿とか、超そそるよね……」
あ、そっち?直人、鼻の下が伸びてる。
「彼女、可愛いよね。お友達もだけど」
「だろうっ⁉ で、明日どこ行く? 俺はルイちゃんとデートだって自慢しておくわ」
どこにしようかな。直人とはご飯を食べに行くことも多いけど、ほとんど直人がお店を決めてくれる。
たまには僕から、提案したいな。
「直人は、お花とか好き?」
「花? まあ、嫌いじゃないけど」
あ、興味なさそう。
「ローズガーデンフェスティバルとか、興味……ないよね?」
自信なく僕が問いかけると、直人が笑った。
「ルイちゃんには似合うけどね。でもまあ、彼女とのデートの下見ってことで……」
「美味しい薔薇のジャムとかも、売ってるみたいだよ⁉」
「わかったよ、そこに行こう」
直人は受け入れてくれたけど、僕と直人の二人で、ローズガーデンフェスティバル。
ちょっとおかしいかもしれない……。
「直人、もし興味がなかったら別のところでもいいよ?」
「興味があるないで言えば、ないね」
「だ、だよね……」
僕は肩を落とした。直人が笑っている。
「でも、彼女すげえパンが好きだから。そのジャム、お土産に買って帰りたいかな」
直人、優しいな。僕にも彼女にも、優しい。
「じゃあ、明日はルイちゃんと、ガーデンフェスティバルローズで決まりだね!」
「直人。ローズガーデンフェスティバルね……」
先生、薔薇が似合いそう。薄いピンク色とか、穏やかな口調に合ってる。
情熱的で真っ赤なのもいいし、濃いピンク色も、色っぽくていいな。
「リョウ先生の部屋にね、花瓶があって。一輪挿しっぽいのだったんだけど」
「俺、イケメン先生から一輪の薔薇とか渡されて、あの綺麗な目でキスとか迫られたら、絶対断れねえな……」
直人、また言ってる。
「そういうこと言うと、彼女に怒られちゃうよ?」
「彼女の前に、ルイちゃんに怒られそうだけどねえ……?」
僕は目をぱちぱちさせて、コップの水をごくごくと飲んだ。直人がニヤニヤしている。
「そのうち『ルイ』とか呼び捨てにされそうだね?」
「え?」
「イケメン先生、どっかSっ気がありそうなんだよなあ」
——顔は相当困ってるけどね?——
僕はまた、ゴン!とテーブルにおでこをぶつけた。
「ルイちゃん。それやると、ピアノが上手くなるの?」
「な、ならない!」
直人の言葉に、僕は食べていたサンドウィッチを詰まらせそうになった。
レッスンの翌日。みんな幸せそうな金曜日。
僕は学食で、直人と隣同士で座った。大きな窓があるカウンター席。外を見ながら話せるし、なんとなく気分もいい。
「イケメン先生とは、今週末に晩飯行くの?」
「ううん。来週のレッスン後だよ」
「ほほお……」
直人が人気のかつ丼を食べている。口の端に、ベタにごはん粒をくっつけている……。
「直人、ごはん粒が……」
「どっちから誘ったの?」
「えっと、リョウ先生から」
「名前もくっつけて呼ぶようになったの? ルイちゃんはなんて呼ばれてるの?」
かつ丼を食べてるし、次々質問してくるし、父さんがよく見てたドラマの刑事みたいだ。
「ぼ、僕も名前で呼ばれてるけど……」
「あ、Wishで『ルイくん』って呼ばれてたっけか」
実際は、もう呼び捨てにされてるけど……。
——ルイ。俺に何かして欲しいの?——
僕は両手で顔を覆った。突っ伏そうとして、ゴン!とおでこをテーブルにぶつけてしまった。
「ルイちゃん。すげえ音したけど……?」
「直人、そんなんじゃないから! 僕、違うんだからね!?」
「え? 俺、今なんも言ってないけど?」
僕は足をジタバタさせた。直人が笑っている。
「店長がさ、ルイちゃんに昨日も感謝してたよ」
「僕に?」
「事情はわからないけど、イケメン先生がワルツの十五番を弾くのは、すごいことらしいからね」
いつか、僕にも話してくれるだろうか。
先生が、音楽から離れてしまった理由。
ピアノから離れてしまった理由。
——ルイくんみたいな子が、昔いてね——
愛のワルツを、避けるようになった理由……。
先生、寂しそうだった。綺麗な横顔で、ぼんやり遠くを見つめて。
「僕ね、リョウ先生のピアノに感動して……。いつか直人にも聴いて欲しいな」
「俺も楽しみにしておくよ」
優しく話す直人を、僕はじっと見つめた。
幼稚園のときも、小学生のときも、中学生のときも、高校生のときさえも。
僕が憧れてしまうのは、いつも男の子だった。
でも、そんなこと絶対に言えなかった。言ったら嫌われてしまうのが、わかっていたから。
直人は多分、そんな僕のことをわかってる。わかってるけど、突っ込んでこない。わかっていても、僕とずっと仲良くしてくれる。「カップルみたいだね」とまわりから言われても、「だろうっ⁉」と返すだけで、重い雰囲気にもさせない。
直人はすごい。本当にすごい。
優しくて、カッコよくて。よく「二重がよかったなあ!」って言ってるけど、僕は直人が笑ったときの朗らかな目が、すごく好きだ。
僕がサークルの集まりに参加していた頃も、直人はいつも僕を気にかけてくれた。僕が端っこの席にいると、必ずジョッキを持って隣に来てくれた。
直人がいるから僕も行こうと、そう思えたくらいだった。
サークルは『音楽が好きな人、集まれ!』という気軽な名前だった。知らない人だらけで気疲れもしたけど、お勧めのピアノ教室を知るきっかけになるかもしれないと、僕は参加を続けた。
だけど、僕はまだお酒が飲めないのに、飲ませてこようとする女の先輩がいた。
「葉山くんって可愛いよね? 目も大きいし、唇もぽてっとしてるし! 悔しいからこれ、飲んで! さあ、飲んで!」
果実が入ったサワーを渡されそうになって、僕は両手でそれを拒否した。
ものすごく酔っぱらってて、声が大きい。お酒臭い。目が据わってる。どうしよう。
「僕、まだ未成年なので。すみません……」
「は? ここに来てるくせに、それはないでしょ。マジでノリ悪いんだけど」
イラッとした様子で言われて、僕は固まってしまった。でも、少し離れた席にいた直人が、僕の様子に気づいて止めに入ってくれた。
「先輩! 俺、五年付き合ってる彼女と天秤にかけるくらい、ルイちゃんのことが好きなんですよ! 盗らないでください!」
その場が笑いに包まれた。その女の先輩も笑っていて、グラスを持ったまま、千鳥足で別のテーブルに移動して行った。
直人はすごい。いつもすごい。
リーダーシップ気質というか、全然押しつけがましくなくて、空気も悪くさせない。
「直人、どうもありがとう」
直人はジョッキを少し掲げて笑った。直人の彼女は別の大学に通ってるけど、こんなに頼もしい彼氏がいたら、心強いだろうなと思う。
僕は頼りになるタイプではない。そのくせ、じゃあ全部に緩くて適当かというと、そんなことはない。ちょっと自分を追い込むところがあったりして、一言で言えば、すごく不器用だ。
ショックなことがあっても、誰にも上手く話せなかったりする。
——葉山くんに好きになってもらえる子は、幸せ者だよ?——
三人目のピアノの先生。おっとりした先生。
僕が女の子を好きになれないことを、わかっているようだった。
先生が髪を束ねている、キラキラした髪留め。先生が使っていた、ピンク色のポンポンがついたシャープペンシル。
家にある綺麗な花瓶、紅茶を淹れてくれるティーカップ、ツヤツヤのグランドピアノ。
僕の心は、全てに惹かれて……。
「葉山くん。これ、いつも褒めてくれるでしょう? 練習頑張ってるから、プレゼント!」
先生がある日、そのシャーペンを僕にくれた。先生が楽譜に何かを書き込むときに、ピンク色のポンポンが揺れていて。
僕は可愛いと、それをよく褒めていた。
「で、でも、これ……僕は……」
欲しかった。すごく。でも、男の子なのに。母さんに怒られそうだ。
「葉山くん。先生からひとつ、お願いがあるの」
先生は僕の頭を撫でて、微笑んだ。
「可愛いものは、可愛い。カッコいいものは、カッコいい。素直にそう言える、大人になってね?」
僕は頷いて、シャーペンを受け取った。先生に抱きつきたいくらいだった。
僕はそれがお気に入りで、大好きで。
リビングでもよく、そのシャーペンを使っていた。学校ではちゃんと鉛筆を使っていた。だからいいやと思って、母さんの前でも、ピンク色のポンポンを揺らしながら愛用していた。
それが、よくなかったのかもしれない。
僕は辞めたくないんだと、先生に言えばよかった。母さんには伝わらなくても、理解してもらえなくても、先生には言えたはずなのに。
僕の隣にいる母さんに遠慮して、僕は何も言えなかった。悲しい表情をする先生のことを、ただただ、僕も泣きそうな顔で見つめていただけだった。
そして、そんな自分の行動を後悔して、落ち込む。僕はその繰り返しだ。
おっとりした先生。元気かな。僕、お花が大好きで、可愛いって素直に言える大学生になったよ……?
僕はまだ、誰かと付き合ったことがない。僕に告白をしてくれた子もいたけど、僕が好きになれずに断ってしまった。
女の子だった。すごくいい子だった。でも、僕は断ってしまった。
告白って、勇気がいるだろうに。悪いことをしてしまった。でも、好きじゃないのに付き合うなんてこと、僕には……。
僕もいつか、夢のような恋愛ができるだろうか。
僕を好きになってくれるような、素敵な男の人はいるだろうか。
——ルイって呼んでいい?——
「はあああああ……」
僕は直人のほうを向いて、テーブルに左側のほっぺをくっつけてうなだれた。直人が、僕の右側のほっぺをツンツンつついてくる。これ、よくやってくる。直人は気にしてなさそうだけど、直人が変な目で見られないか、僕は心配だ。
「イケメン先生とデートしないなら、明日は俺とデートする?」
「え? 彼女は?」
直人はコップに入ったお茶を飲み干した。
「彼女は、友達と温泉旅行中。俺はお留守番」
直人がスマホを僕に見せてきた。浴衣姿でピースをする彼女と、友達が写っていた。美味しそうなご飯がたくさん並んでいる。
「わあっ! いいなあ!」
「だよね。浴衣姿とか、超そそるよね……」
あ、そっち?直人、鼻の下が伸びてる。
「彼女、可愛いよね。お友達もだけど」
「だろうっ⁉ で、明日どこ行く? 俺はルイちゃんとデートだって自慢しておくわ」
どこにしようかな。直人とはご飯を食べに行くことも多いけど、ほとんど直人がお店を決めてくれる。
たまには僕から、提案したいな。
「直人は、お花とか好き?」
「花? まあ、嫌いじゃないけど」
あ、興味なさそう。
「ローズガーデンフェスティバルとか、興味……ないよね?」
自信なく僕が問いかけると、直人が笑った。
「ルイちゃんには似合うけどね。でもまあ、彼女とのデートの下見ってことで……」
「美味しい薔薇のジャムとかも、売ってるみたいだよ⁉」
「わかったよ、そこに行こう」
直人は受け入れてくれたけど、僕と直人の二人で、ローズガーデンフェスティバル。
ちょっとおかしいかもしれない……。
「直人、もし興味がなかったら別のところでもいいよ?」
「興味があるないで言えば、ないね」
「だ、だよね……」
僕は肩を落とした。直人が笑っている。
「でも、彼女すげえパンが好きだから。そのジャム、お土産に買って帰りたいかな」
直人、優しいな。僕にも彼女にも、優しい。
「じゃあ、明日はルイちゃんと、ガーデンフェスティバルローズで決まりだね!」
「直人。ローズガーデンフェスティバルね……」
先生、薔薇が似合いそう。薄いピンク色とか、穏やかな口調に合ってる。
情熱的で真っ赤なのもいいし、濃いピンク色も、色っぽくていいな。
「リョウ先生の部屋にね、花瓶があって。一輪挿しっぽいのだったんだけど」
「俺、イケメン先生から一輪の薔薇とか渡されて、あの綺麗な目でキスとか迫られたら、絶対断れねえな……」
直人、また言ってる。
「そういうこと言うと、彼女に怒られちゃうよ?」
「彼女の前に、ルイちゃんに怒られそうだけどねえ……?」
僕は目をぱちぱちさせて、コップの水をごくごくと飲んだ。直人がニヤニヤしている。
「そのうち『ルイ』とか呼び捨てにされそうだね?」
「え?」
「イケメン先生、どっかSっ気がありそうなんだよなあ」
——顔は相当困ってるけどね?——
僕はまた、ゴン!とテーブルにおでこをぶつけた。
「ルイちゃん。それやると、ピアノが上手くなるの?」
「な、ならない!」
