寝不足気味の土曜日。僕は白のTシャツと、ボディバックを身に着けて、先生との待ち合わせ場所に向かった。
緊張する。ドキドキする。デート前は、みんなこんな気持ちなのかな。
…………。
デ、デートとか!デートとか!僕ったら、僕ったら……!
改札の向こうから、先生がやってきた。すらりとした背。広い肩幅。長い脚。
綺麗な目で僕を捉えて、先生は前髪をかき上げた。
ドクンドクンドクンドクン————
先生、カッコいい。先生のまわりだけ、ピカピカ輝いてるみたいだ。
いつもボタンのついたシャツを着て、袖をまくってる先生だけど。今日は、チャコールグレーのキーネックのTシャツだ。
僕は先生を見上げた。先生はいつものように、ちょっと上がった綺麗な二重瞼で、僕を見下ろした。
「こ、こ、こ、こんにちは……!」
「ルイ。いつもニワトリみたいだね」
僕は両手で顔を覆った。結局、一度もまともに挨拶できてない……。
「ここからまた移動するよ」
「あの、先生。今日ってどこに……」
「リョウ先生」
凛々しい顔で、僕の前髪を長い指先で触りながら、先生は僕を叱った。
ドクッドクッドクッドクッ————
「ルイ。三回チャンスをあげるよ」
「え?」
「俺の名前を抜いて『先生』って呼ぶの、三回だけチャンスをあげる」
「は、はい……」
「四回呼んだら……ルイは、どうなるんだろうね?」
ドクドクドクドクドクドクドクドク————!
スタートからこんなんで、僕のHPは夜までもつんだろうか。
「リ、リョウ先生……今日はどこに行くんですか?」
先生が笑っている。
「教えない。どこって聞かれたら、教えたくなくなるだろ?」
あまのじゃく……。僕は、先生が触っていた前髪をぺたぺたと撫でた。
先生と僕は、そこからまた電車に乗った。混んでいたけど、先生はさりげなく、僕をドアに寄り掛からせてくれた。
乗ってくる人も、降りていく人も、みんな先生を見ていた。
でも先生は、僕を見ていた。僕を見て話をして、僕を見て笑って、ずっと僕を見ていた。
だから僕は、終始ドキドキしていた。きっとまた、どうでもいいことを話してしまったと思う。その内容さえ覚えていないくらい、僕の心臓は騒がしかった。
僕、先生と待ち合わせして、先生と電車に乗ってる……!
直人が聞いたら、ニヤニヤしそうだな。
「ルイ。降りるよ」
僕は先生の隣を歩いた。先生のほうが歩幅が大きいけど、僕に合わせて歩いてくれた。
こういうところも、先生はすごく優しい。
「ルイは花が好きみたいだからね」
話題のフラワーガーデン。広い庭園と建物が融合した、人気のスポット。一部が温室になっていて、太陽の光がたくさん降り注いでいる。
館内も広くて、お花がシャンデリアみたいに飾られていたり、アートフラワーも見どころだ。
庭園には噴水が設置されていて、薔薇のアーチや、おしゃれなカフェもある。カフェでは、エディブルフラワーを使ったマフィンやケーキが有名だ。
僕が行きたがってた場所に、先生と来られるなんて。先生、また僕の心を読んでくれたのかな。
「僕、ここにずっと来たかったんです!」
「そう? チケット、今から送るから」
メッセージアプリに、先生はチケットをシェアしてくれた。
先生、いろいろ調べて準備してくれたんだ。
「あの、チケットの代金……」
「いらないよ。たいした額じゃないし」
「でも、この間のご飯もごちそうになったので。ここのカフェのケーキは、僕がごちそうしてもいいですか?」
先生は、ちょっと嬉しそうに笑った。
「ルイ。いい子だから、あとでご褒美あげるよ」
僕は先生を見上げた。この間、Wishでも言ってたけど。
ご褒美って、なんだろう……。
「ノーコメントってことは、ご褒美いらないってこと?」
「ほ、欲しいです!」
入園ゲートに進みながら、先生は僕を見下ろした。
「ご褒美、何かわからないのに?」
「え?」
「ルイ。わからないのに、欲しいって言っていいの?」
先生が目を細めて笑っている。だんだん左側の口角が上がってくる。
ドキドキしてしまう。ゾクゾクしてしまう。
僕ったら、僕ったら、本当にもう……!
「『教えて、リョウ先生』って言ったら、教えてあげてもいいよ?」
僕は、ボディバックの紐を握りしめながら、声をちょっと上ずらせて聞いた。
「お、お、教えてください、リョウ先生!」
「嫌だね」
僕は転びそうになった。やっぱり先生、意地悪だ……。
思った以上に館内は広くて、温室の天井も高かった。色とりどりのお花がたくさん咲いていて、大きな植物が生い茂っている。
いい香りだ。リラックスできる。人も多いけど、それよりもお花の数のほうが多そうだ。
先生が隣にいる。先生も綺麗な顔で、花々を見ている。なんだか夢見心地だな。
噴水エリアのカフェ、そろそろ行こうかな。先生と一緒に、行きたいな……。
カフェに続く薔薇のアーチ。まるでトンネルみたいで、SNSでもたくさんシェアされていた。
噴水も、外国の観光地みたいだった。おとぎ話に出てくる王子様みたいな先生に、ぴったりだ。
「せ……えっと、リョウ先生」
「ん?」
甘くて低い声。僕を見つめる綺麗な目。毎回、息が止まってしまいそうになる。
しかし、僕だって同じ大学生だ!先生とは、三つしか離れていない!
そうだ!頑張れ、僕!今日こそはもっとテキパキ話して、コロコロされないようにして……!
「ふ、ふ、ふんす……ふんすいすいのエリアがあるんですけど!」
「ニワトリバージョン以外もあるんだ?」
僕が口を尖らせると、先生はお腹を抱えて笑った。
早く普通に話せるようになりたいのに。やっぱり緊張しちゃってダメだ。
「ルイ。ふんすいすいのエリア、行ってもいいよ?」
先生が笑ってそう言って、僕も笑ってしまった。直人と一緒にいるときみたいに、無邪気に笑ってしまった。
先生が僕を見つめている。目力のある目で、じっと見つめている。
「ルイの笑顔、いいね」
「え?」
「戸惑ってる表情も好きだけど。無邪気な笑顔もいいね」
「あ、ありがとうございます……」
身体中がまた弾けてくる。炭酸飲んでないのに、いっぱい弾けてくる。
しゅわしゅわしゅわしゅわしゅわ————!
「僕も、先生の笑顔が好きです」
「ふーん。笑顔だけ?」
違う。笑顔だけじゃない。
それに、それに……。
「ほかの表情も好きです……」
言えない。
意地悪そうな表情も、好きだなんて……。
「ほかの表情って、何?」
「えっと……」
「ルイ。言ってよ、何?」
「あ、あの……」
「噴水エリア、見えてきたよ」
何重にも続いている薔薇のアーチ。いい香りに包まれる薔薇のトンネル。その先に見える、高らかに水を放つ美しい噴水。
人がたくさんいる。たくさんいるけど、僕はなぜだか先生と二人きりで、そこを歩いてるような気持ちになった。
僕はこんなにドキドキしてるけど、先生はどんな気持ちなんだろう。
同じ大学生で、三つ下の弟みたいな感じで、ピアノ教室の生徒で……。
——俺も会いたい——
メッセージではそう言ってくれたけど、先生はいつも通りだ。先生と出かけられて、幸せだけど。一緒にいられるだけでいいやって、思ったりもしたけど。
先生も、僕と同じ気持ちだったらいいのにって。こうしてそばにいると、どこか望んでしまう自分がいる。
「ルイ。余計なこと考えてるだろ?」
薔薇のトンネルを歩きながら、先生が僕を見下ろした。
「今は花を楽しむ時間。いいね?」
「はい……」
やっぱり僕、心を読まれてるのかな。
「ルイ。ご褒美、何か教えてあげようか?」
噴水が目の前に見えてくる。心地いい水の音。爽やかな風。透き通った空気。
僕の隣にいる、僕の大好きな先生。
マイナスイオンが、いっぱいだ!
「教えて欲しいです」
「『教えて、リョウ先生』って、言えば?」
「お、教えて欲しいです……! リョウ先生!」
「嫌だね」
先生は甘くて低い声で、あははと笑った。僕は両手で顔を覆った。
噴水に飛び込んで、体の熱を冷ましたい。ポーションが何百個あっても、僕は足りそうにないや。

緊張する。ドキドキする。デート前は、みんなこんな気持ちなのかな。
…………。
デ、デートとか!デートとか!僕ったら、僕ったら……!
改札の向こうから、先生がやってきた。すらりとした背。広い肩幅。長い脚。
綺麗な目で僕を捉えて、先生は前髪をかき上げた。
ドクンドクンドクンドクン————
先生、カッコいい。先生のまわりだけ、ピカピカ輝いてるみたいだ。
いつもボタンのついたシャツを着て、袖をまくってる先生だけど。今日は、チャコールグレーのキーネックのTシャツだ。
僕は先生を見上げた。先生はいつものように、ちょっと上がった綺麗な二重瞼で、僕を見下ろした。
「こ、こ、こ、こんにちは……!」
「ルイ。いつもニワトリみたいだね」
僕は両手で顔を覆った。結局、一度もまともに挨拶できてない……。
「ここからまた移動するよ」
「あの、先生。今日ってどこに……」
「リョウ先生」
凛々しい顔で、僕の前髪を長い指先で触りながら、先生は僕を叱った。
ドクッドクッドクッドクッ————
「ルイ。三回チャンスをあげるよ」
「え?」
「俺の名前を抜いて『先生』って呼ぶの、三回だけチャンスをあげる」
「は、はい……」
「四回呼んだら……ルイは、どうなるんだろうね?」
ドクドクドクドクドクドクドクドク————!
スタートからこんなんで、僕のHPは夜までもつんだろうか。
「リ、リョウ先生……今日はどこに行くんですか?」
先生が笑っている。
「教えない。どこって聞かれたら、教えたくなくなるだろ?」
あまのじゃく……。僕は、先生が触っていた前髪をぺたぺたと撫でた。
先生と僕は、そこからまた電車に乗った。混んでいたけど、先生はさりげなく、僕をドアに寄り掛からせてくれた。
乗ってくる人も、降りていく人も、みんな先生を見ていた。
でも先生は、僕を見ていた。僕を見て話をして、僕を見て笑って、ずっと僕を見ていた。
だから僕は、終始ドキドキしていた。きっとまた、どうでもいいことを話してしまったと思う。その内容さえ覚えていないくらい、僕の心臓は騒がしかった。
僕、先生と待ち合わせして、先生と電車に乗ってる……!
直人が聞いたら、ニヤニヤしそうだな。
「ルイ。降りるよ」
僕は先生の隣を歩いた。先生のほうが歩幅が大きいけど、僕に合わせて歩いてくれた。
こういうところも、先生はすごく優しい。
「ルイは花が好きみたいだからね」
話題のフラワーガーデン。広い庭園と建物が融合した、人気のスポット。一部が温室になっていて、太陽の光がたくさん降り注いでいる。
館内も広くて、お花がシャンデリアみたいに飾られていたり、アートフラワーも見どころだ。
庭園には噴水が設置されていて、薔薇のアーチや、おしゃれなカフェもある。カフェでは、エディブルフラワーを使ったマフィンやケーキが有名だ。
僕が行きたがってた場所に、先生と来られるなんて。先生、また僕の心を読んでくれたのかな。
「僕、ここにずっと来たかったんです!」
「そう? チケット、今から送るから」
メッセージアプリに、先生はチケットをシェアしてくれた。
先生、いろいろ調べて準備してくれたんだ。
「あの、チケットの代金……」
「いらないよ。たいした額じゃないし」
「でも、この間のご飯もごちそうになったので。ここのカフェのケーキは、僕がごちそうしてもいいですか?」
先生は、ちょっと嬉しそうに笑った。
「ルイ。いい子だから、あとでご褒美あげるよ」
僕は先生を見上げた。この間、Wishでも言ってたけど。
ご褒美って、なんだろう……。
「ノーコメントってことは、ご褒美いらないってこと?」
「ほ、欲しいです!」
入園ゲートに進みながら、先生は僕を見下ろした。
「ご褒美、何かわからないのに?」
「え?」
「ルイ。わからないのに、欲しいって言っていいの?」
先生が目を細めて笑っている。だんだん左側の口角が上がってくる。
ドキドキしてしまう。ゾクゾクしてしまう。
僕ったら、僕ったら、本当にもう……!
「『教えて、リョウ先生』って言ったら、教えてあげてもいいよ?」
僕は、ボディバックの紐を握りしめながら、声をちょっと上ずらせて聞いた。
「お、お、教えてください、リョウ先生!」
「嫌だね」
僕は転びそうになった。やっぱり先生、意地悪だ……。
思った以上に館内は広くて、温室の天井も高かった。色とりどりのお花がたくさん咲いていて、大きな植物が生い茂っている。
いい香りだ。リラックスできる。人も多いけど、それよりもお花の数のほうが多そうだ。
先生が隣にいる。先生も綺麗な顔で、花々を見ている。なんだか夢見心地だな。
噴水エリアのカフェ、そろそろ行こうかな。先生と一緒に、行きたいな……。
カフェに続く薔薇のアーチ。まるでトンネルみたいで、SNSでもたくさんシェアされていた。
噴水も、外国の観光地みたいだった。おとぎ話に出てくる王子様みたいな先生に、ぴったりだ。
「せ……えっと、リョウ先生」
「ん?」
甘くて低い声。僕を見つめる綺麗な目。毎回、息が止まってしまいそうになる。
しかし、僕だって同じ大学生だ!先生とは、三つしか離れていない!
そうだ!頑張れ、僕!今日こそはもっとテキパキ話して、コロコロされないようにして……!
「ふ、ふ、ふんす……ふんすいすいのエリアがあるんですけど!」
「ニワトリバージョン以外もあるんだ?」
僕が口を尖らせると、先生はお腹を抱えて笑った。
早く普通に話せるようになりたいのに。やっぱり緊張しちゃってダメだ。
「ルイ。ふんすいすいのエリア、行ってもいいよ?」
先生が笑ってそう言って、僕も笑ってしまった。直人と一緒にいるときみたいに、無邪気に笑ってしまった。
先生が僕を見つめている。目力のある目で、じっと見つめている。
「ルイの笑顔、いいね」
「え?」
「戸惑ってる表情も好きだけど。無邪気な笑顔もいいね」
「あ、ありがとうございます……」
身体中がまた弾けてくる。炭酸飲んでないのに、いっぱい弾けてくる。
しゅわしゅわしゅわしゅわしゅわ————!
「僕も、先生の笑顔が好きです」
「ふーん。笑顔だけ?」
違う。笑顔だけじゃない。
それに、それに……。
「ほかの表情も好きです……」
言えない。
意地悪そうな表情も、好きだなんて……。
「ほかの表情って、何?」
「えっと……」
「ルイ。言ってよ、何?」
「あ、あの……」
「噴水エリア、見えてきたよ」
何重にも続いている薔薇のアーチ。いい香りに包まれる薔薇のトンネル。その先に見える、高らかに水を放つ美しい噴水。
人がたくさんいる。たくさんいるけど、僕はなぜだか先生と二人きりで、そこを歩いてるような気持ちになった。
僕はこんなにドキドキしてるけど、先生はどんな気持ちなんだろう。
同じ大学生で、三つ下の弟みたいな感じで、ピアノ教室の生徒で……。
——俺も会いたい——
メッセージではそう言ってくれたけど、先生はいつも通りだ。先生と出かけられて、幸せだけど。一緒にいられるだけでいいやって、思ったりもしたけど。
先生も、僕と同じ気持ちだったらいいのにって。こうしてそばにいると、どこか望んでしまう自分がいる。
「ルイ。余計なこと考えてるだろ?」
薔薇のトンネルを歩きながら、先生が僕を見下ろした。
「今は花を楽しむ時間。いいね?」
「はい……」
やっぱり僕、心を読まれてるのかな。
「ルイ。ご褒美、何か教えてあげようか?」
噴水が目の前に見えてくる。心地いい水の音。爽やかな風。透き通った空気。
僕の隣にいる、僕の大好きな先生。
マイナスイオンが、いっぱいだ!
「教えて欲しいです」
「『教えて、リョウ先生』って、言えば?」
「お、教えて欲しいです……! リョウ先生!」
「嫌だね」
先生は甘くて低い声で、あははと笑った。僕は両手で顔を覆った。
噴水に飛び込んで、体の熱を冷ましたい。ポーションが何百個あっても、僕は足りそうにないや。

