「灯、ソロでCDデビューする話しがきてるみたいだよ?ジャズバンドに参加するんじゃなくて、水上 灯だけのジャズピアノCDらしいよ」

「え、、、?本当に?凄いな」

俺はこの話しも聞かされていなかった。けれど、忙しいはずの風太にはちゃんと灯は話しをしていたんだと思うと、灯が俺には話しづらかった様子が伺えた。俺と灯の間には気づかない間に大きな距離が出来ていて、昔だったら何でも話せたはずが今は変わってしまっていた。
 俺は、ピアノを弾く灯を見ながらまるで灯が知らない人のような気がして、寂しさを感じた。

 打ち上げが終わって、俺は灯と一緒に帰った。いつもだったら、車で迎えにきてもらうが、俺のマンションまで歩いて帰れる距離だったので、久しぶりに灯と歩く事にした。
 灯はほろ酔いで、楽しそうに歩道を歩いていた。

「灯?明日は早い?今日はうち泊まれる?」

「泊まってあげてもいいけど」

灯が笑いながら少し偉そうに俺に言った。

 「じゃあ、泊まってもらえますか?」

俺はそう言って灯の手を握った。時間は遅かったが、今日はゆっくり灯と話しをしたかった。俺達が俺のマンションに着いたのは、十二時を過ぎていた。灯は窓から見える夜景を眺めていた。俺が灯に水を渡すと、灯は「ありがとう」と俺に言って、また窓の外を見ていた。

 「夜景綺麗でしょ?」

「綺麗だね。こんな時間なのに、まだ車が沢山走ってる。東京は忙しないよね」

灯が少し寂しそうに言った。今、灯が何を考えているか全くわからなかった。

 「ねぇ、灯?お父さんが亡くなった事、なんで教えてくれなかったの?」

灯はソファーに腰をかけて、俺の顔を見つめた。

 「タイミングかな?なんか合わなくて。佳月忙しそうだし、お葬式とかくるって言うかもしれないし、それも悪いなぁって。膵臓癌で病気がわかってすぐだったみたいだよ」

「、、、そうか。お母さんは大丈夫なの?」

「もう、長い事別居してたしね。離婚してるようなものだから、あんまり何の感情もなかったみたいだよ。ただ、父親も亡くなったし、水上の籍を抜くって」

 灯が父親が亡くなって悲しいのか、嬉しいのか俺には全く感情が掴めなかった。ただ、灯と灯の父親には今まで沢山の確執があったし、灯自身も複雑な感情を抱いている気がしていた。

 ただ、灯は父親が望んだ通りにピアノニストになったんだ。

 「佳月、私ピアノを辞めようと思う」

俺は、驚いて何も言えなくなっていた。
灯は確かに今、ピアノを辞めると口にした。

 「どうして?」

「何となく。父親も亡くなったし、もうピアノはいいかなぁって。他にやりたい事も見つかりそうだし」

俺は何故か焦っていた。今日、ピアノのを弾いている灯を久しぶりに見たからかもしれないが、やっぱり灯には凄い才能があると思った。
単純に勿体無いと思ってしまった。
風太はあんな風に言っていたが、才能があって、人に求められる事は幸せな事だ。
俺にはそんは才能がないから余計にそう思った。
 灯もそれに気がついているから、嫌だと思いつつもピアノを続けていたんじゃないだろうか?このままいけば、ジャズピアニストとしてもっと、世界でも翔けるような、そんな気がしていた。