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「成瀬さんは、自分の人生でやりたい事を決めたんですね」

 夏目さんが呟いた。

 「不思議とこれというものを見つけたら、俺はそれに向かって突っ走っていったんだ」

病魔に侵されていた父の気持ちを、今なら痛いくらいにわかる気がする。あの時は自分がまさか、父と同じ病気になってしまうなんて、夢にも思わなかった。残りの時間が短いとわかった時、思いを馳せるのはいつも過去だった。
 やり残した事はないか、伝え残した事はないか、後悔を全てなくす事は出来ないが、自分の人生を振り返り、自分の核となるものがわかった気がした。

 「成瀬さんは、自分のやりたい事を見つけて、突っ走ってどうですか?満足出来る仕事ができましたか?」

「、、、そうだね。俺は自分のやりたい事をやれて、満足してる。、、、自分の家庭を持つ事は出来なかったけれど、ずっと自分が何かやり遂げたいという気持ちがあって、それをやり遂げる事が出来た気がしてる」

「、、、それなら良かったです」

 あの時、俺は自分の運命に乗った事を後悔はしていない。それが原因で、灯と別々の道を行かなくてはいけなくなったのだとしても。
 納得はしているのに、いつまでも灯の影を追いかけて、叶うはずのない約束にこの年まで拘っているのは何故だろう。
 ただ、灯に感謝を伝えたい。この命が亡くなる前に。灯なしでは、この人生が素晴らしいものにはなりえなかったんだから。

 「伝えたい想いがある、、、」

「、、、え?何て言いました?」

夏目さんが俺の声が聞こえなかったようで、聞き返してきた時、また花火が打ち上がった。
 花火が終わる。もうすぐフィナーレだ。

 これが、灯との最後の記憶────

 望んでもいないのに、秒針は進んでいく。
俺は見落としていないのか?何か忘れていた事はないか?俺はいつも鈍感で灯に怒られていた。
 結局俺はこの年になっても、まだ鈍感のままだったのかもしれない。

 悲しい記憶に飲み込まれて行く。悲しくて、苦しくて、死にそうになる程の別れを経験した。
その別れすら、俺の人生の一部であって、無駄な事では決してなかった。

 人生のうちで、誰かを強く愛する事など、そんなに何度も経験出来るものではないだろう。 灯は俺の事を全部好きだと言ってくれていた。俺も間違いなく灯の事を同じように思っていた。
 お互いの欠点まで愛する程、俺達は確かに恋をしていたのに、、、。

 花火が打ち上がり、また過去に戻される時、微かに灯の匂いがした気がした。勘違いかもしれないが、俺は灯の匂いを嗅ぐといつも安心した。悲しいくらいに忘れる事が出来ないのに。

 重大な事を忘れている気がして、また過去の灯に出会う旅へ出る。