夏休み中はずっと夏期講習が入っていて、勉強漬けの毎日だった。けれど、お盆の花火大会だけは一緒に行こうと灯と約束していたので、その日だけはデートをする事になっていた。
 俺が喫茶店で、灯を待っていると扉が開いて浴衣を着た灯が入ってきた。

 「じゃ〜ん!今年は白の浴衣にしました!可愛いでしょ」

灯は白地に水色の花柄の浴衣を着ていた。
確かによく似合っていて可愛かった。

 「うん。可愛い!似合ってる」

「何?佳月が珍しく素直で怖いよ」

「何でだよ!本当に可愛いよ。ほら行こう!あっ今年は金魚すくいはしないからな」

「何で!したいよ!」

「何匹金魚いると思ってんだよ。もうそんなに飼えないだろ」

去年も金魚すくいをして、灯は大量の金魚をすくいあげ、喫茶店の水槽で飼っていたが、あまりに増えてしまい世話が大変だった。灯は不満そうだったが、今年は射的の腕を磨くと言って納得していた。

 毎年同じ屋台が出て、灯籠流しが行われて、既に阿武隈川には沢山の灯の付いた灯籠がいくつも浮かんで、ゆっくりと流れていた。

 俺と灯は灯籠を手に取り、中の蝋燭に火を付けた。小さなオレンジ色の火が付くと、灯籠の中で小さく揺れた。俺と灯は静かに灯籠を水面に浮かべて手を離した。
 灯は手を合わせて静かに目を閉じた。そして、灯籠が流れて行く姿を見つめていた。
 俺は自然と灯の肩を抱き寄せていた。

 「ねぇ、このお盆に行われる花火大会の日には不思議な事が起きる気がする」

灯が急にそんな事を言い出したので不思議に思った。

 「記憶花火の事?昔の記憶を蘇らせるってやつ?」

「うん。それもあるけど、毎年この阿武隈川に故人への想いを乗せて灯籠を流すでしょ?この川は沢山の人の想いを乗せて流れていくんだよ。強い想いが沢山川に流れて行くから、逆もあるんだと思うの」

「逆って?」

「灯籠は故人との過去に向かって流れていくじゃない?そうじゃなくて、この灯籠は未来からも流れて来ている気がする。過去の自分に伝えたい事ってある気がするの」

灯が俺に何を言いたいのかよくわかなかったが、川を流れて行く沢山の灯籠を眺めていると、確かに未来から流れてくる灯籠がらあってもおかしくはないと思った。一年の中でも、お盆の時期は少し不思議な時期だった。
 死んだ祖母は、お盆の時期になると毎年俺に注意事項を言ってきた。

 水辺に行くと供養されていない亡霊に引きずり込まれるから、川遊びをするなとか。生き物の命を粗末にする行為をしてはいけないと言って、虫取りをしたり、肉や魚もお盆期間中は絶対に食べなかった。
 迎え火を焚いて、ご先祖様を迎え入れてから、送り火をするまでは、この世のとあの世の境界線がグレーになる時期な気がしていた。
 俺は過去の自分に戻って何を伝えたいだろうか?二年前の花火大会の日に戻って、灯を一人にさせないでと自分に伝えたかった。

 俺と灯が肩を抱き寄せあっていると、頭上で花火が上がった。

 俺は夜空に打ち上げられた花火を見た瞬間、不思議な記憶を見た気がした。

 若い父と母が、赤ん坊の俺を挟んで布団に入りながら俺の寝顔を眺めていた。

 『こんな幸せな事があるんだな、、、』

父は幸せそうな顔をして、俺と母を見つめていた。ずっと幸せの中に留まれなかったとしても、父は俺を愛してくれていた。

 運命の車輪はいつも俺の足元でクルクル回っている。乗るか乗らないかは自分自身で決める事だ。乗ると決めたら、自分の命を刻むくらいの気持ちで乗っていきたい。
 産まれた時からタイムリミットは決まっているんだ。だったらそれに向かって必死にならないでどうする?俺は自分に言い聞かせていた。