父は、俺を車に乗せて東京の街を走らせた。
俺は殆ど東京へ来た事はなかったので、見る物全てが新鮮で刺激的に映った。窓の外をかじりついて眺めていると、父が面白そうな顔で俺を見た。

 「佳月は東京へ来た事がなかったのか?」

「うん。お袋は極端に東京を嫌ってたし、仕事も忙しかったから旅行とか殆どした事なかったからね」

俺がそう言うと、父は少し寂しそうな表情になった。

 「俺は東京も嫌にさせてしまうくらいに、景子に嫌われていたんだな」

「そうだね、としか言いようがなくて悪いけど。でも俺に父さんの悪口をいっさい言わなかったのは、お袋なりの気遣いだったと思うよ」

母は父の話しをいっさいしなかったが、父に対しての憎しみも愚痴も俺に話した事はなかった。
だから、突然現れた父を俺は素直に受け入れる事が出来た気がする。
 母は、もしいつか俺と父が再会した時の事を考えていたのかもしれないと思った。

 「今更何を言っても信じてもらえないと思うが、俺は本当に景子の事を愛していたんだ。勿論、佳月の事もね。景子はいつも楽しそうで、何処かズレてて、面白くてちょっと変わっていた。そこが凄く魅力的だった」

「何処かずれているのは、凄くよくわかるよ。いつもそれで振り回されてるからね」

父は俺の話しを聞いて楽しそうに笑っていた。俺と父は車で走って、まずは父のマンションへ向かった。
父のマンションは都内の一等地にあるタワーマンションだった。俺はマンションのエントラスに着いた時から、場違いのような気がしていた。俺の知っているマンションとは、まるで違った。テレビでみていた高級ホテルのような広いロビーとコンシェルジュが常駐していて、俺は完全に戸惑っていた。

 父は俺を部屋に案内すると、運転手を一度返した。部屋もマンションとは思えないような広い部屋で、ガラス張りの窓から東京タワーが一望出来た。

 「うわ〜すげ〜!!なんだこれ!!」

俺は思わず窓の外の景色を見て大きな声をあげた。眼下には、東京のビル群と高速道路を走る連なる車が見えていた。

  「凄いだろ?ここが東京だよ」

父がそう言った時、俺の心臓が大きく高鳴るように打ちつけた。理由はわからないが、感じた事のないようなワクワクを俺は感じていた。

 「やっぱり俺は早く東京に出てきたいなぁ。こんな景色は地元じゃ絶対に見れないもんなぁ」

景色に感動している俺を、父は楽しそうに見つめていた。父からしてみれば当たり前のこの景色も、俺からしてみたら現実とは思えない新しい世界のようだった。