アーリータイムズ

 母はあれから、俺にいっさい父の話はしなかった。ただ、東京の大学へ行く事は了承してくれた。

 「そんなに行きたいなら行ったらいいわよ。別に佳月が憧れる程の所じゃないわよ。すぐここへ舞い戻ってくるのがおちね」

とたっぷり嫌味を言っていたが、俺はやっと東京行きを認めて貰って素直に嬉しかった。
 灯は、この町程綺麗な所はないと言っていたが、俺はやっぱりこの町の良い意味でこじんまりとした所を窮屈に感じていて、一度は東京へ出てみたいという気持ちが強かった。
 灯は相変わらず音大に行くのを嫌がり、勉強を頑張っていた。ただ俺は灯が仙台の難関大学なんか受かるわけないと思いつつ、灯ならもしかして受かってしまう事もあるんじゃないかと思う自分もいた。
 
 夏休みに入る前になると、部活も引退した。
これといって良い成績を残せたわけじゃなかったが、何回か表彰台に上がる事も出来て俺は三歳から始めた水泳をやり遂げた感はあった。
 灯は水泳部のマネージャーとしてもかなり有能だった。雑用から、メニュー管理、選手のメンタル管理まで完璧にこなしていた。
 
 「あ〜なんか引退したら本当に受験が始まる気がするよな」

涼太が昼ごはんのパンを頬張りながらぼやくよいに言った。
 七月も下旬に入って、太陽がじりじりと照りつき教室の窓から容赦なく暑さを振り撒いていた。

 「夏期講習も始まるしな。涼太も結局東京の大学受けるの?」

「もちろん!こんな田舎脱出して、東京の可愛い彼女を作るんだよ!」

「動機が不純だなぁ。東京だからって可愛い子がいるとは限らないだろ」

「ここより単純に人口が多いんだから、可愛い子も多いだろ。お前は、灯ちゃんと遠距離になって大丈夫なの?」

不安がないと言ったら嘘だったけれど、俺は何となく灯から心変わりをする気はしなかった。

 「俺は大丈夫、灯はわかんないけど」

 「確かに、灯ちゃんみたいな子は東京にもなかなかいないかもな。振られないように気をつけろよ」

 俺は涼太に言われて考えた。もし、灯に振られたら俺はどうなってしまうんだろう。
灯のいない人生なんて、今の俺には考えられなかった。けれど、灯にとって俺はそれ程の彼氏なんだろうか?
 俺くらいの男なら街を歩けば、すぐにでも出会えそうだ。灯はいつも、突拍子もない事を言ったり、したりするから、いきなり俺を振って違う男と付き合う事だってありえる。

 俺は自分勝手だが、灯が本当に仙台の大学に落ちて、東京の音大に行く事を願っていた。

 「灯ちゃんだ」涼太が窓の外を眺めながら俺に言った。俺も涼太と一緒に窓の外を見ると、校庭で灯が同じクラスの女子とバレーボールをしていた。何故か風太も混じって一緒にやっていた。風太と灯は今年も同じクラスになっていた。
 ゲームに勝ったのか、同じチームだった風太と灯が二人で抱き合って喜んでいた。

 「あーあ。本当にあの二人仲良いよな。風太実は灯ちゃん好きとかないのかな?」

俺は胸の奥がムカムカしてきて、何とも言えない不快な気持ちになった。完全に風太に嫉妬してるとは、わかっていたけれど気持ちはどんどんささくれていた。

  「ないよ。だとしても、灯は俺のだし」

涼太が俺の顔を見て大笑いしてきた。それにもまた腹が立ってきた。