アーリータイムズ

 喫茶店の中に重苦しい空気が充満していた。祖父と、俺の父の様子を見ると決して良好な関係ではなさそうだった。祖父は黙ってコーヒーを皆んなに出すと、俺の父は窓の外に見える阿武隈川を眺めていた。

 「今日、来ることは景子には?」

祖父がはじめに口を開いた。俺の父は、阿武隈川に向けていた視線を祖父に移すと、困ったような顔をした。

 「いいえ。もう何年も連絡が取れなかったので、仕方なくこの喫茶店に直接きました。結婚前に何度かきた事があったので、もしかして佳月に会えるかと思って」

「佳月に何の用かな?」

祖父が単刀直入に言った所で、俺は思わず口を挟んだ。

 「ちょっと待って!」

いきなり俺が話に割り込んだので、祖父も父も驚いていた。灯だけが、静かにコーヒーを飲んでいた。

 「俺、今まで父親の話しなんて聞かされた事がなかったんだけど。お袋もタブーみたいな感じであんまり触れてほしくなさそうだったし、何でこの年になるまで、俺はこの人と会う事がなかったわけ?」

 祖父は静かに俺の父親の顔を見た。まるでお前が説明しろと言っている感じだった。

 「今まで会いに来なくてすまなかった。色々と複雑な事情があったんだ」

「複雑な事情って?」

「何から話せばいいかな?、、、俺と景子が出会ったのは警察病院だったんだ。景子が東京の警察病院のナースをしていて、俺がそこに運びこまれてきた」

俺はそれを聞いただけで、動悸がしてきた。お袋が東京の警察病院なんかで働いていた事も知らなかったし、そこに運びこまれったって事は、俺の父親は犯罪者、、、?

 「驚かせてごめんな。俺は生まれ育った家の環境があんまり良くなくて、天涯孤独の身で生きてきたんだ。若い頃から夜の街で働くようになって、かなり無茶な事をしたり、悪さをしてな、働いていた店が摘発された時、怪我をして警察病院に送られたんだ」

 つまり、今でいうホストのような事をしていたと言うんだろうか?さっき灯が言っていた"マフィア"もあながち間違いではなかったようだ。

 「警察病院で景子と出会って、俺の方がすぐに一目惚れしてな、猛アタックして『もう夜の街から足を洗って地道に働いて真面目に生きる』てな。そのうち、俺の猛アタックが功を成して景子と付き合える事になったんだ。でも、俺の努力は長くは続かなかった。直ぐに楽に稼げる夜の仕事に戻って、女遊びもやめられなかったし、景子を散々泣かせて」

「酷いなぁ、、、」灯が思わず口にすると、父はまた笑っていた。

 「あげく、佳月が一歳の誕生日の日に、また俺は逮捕された。任されてた店の税金をちょろまかしてたのがバレてな。これには流石に景子も我慢の限界で、直ぐに俺に離婚届けを突き出してきたよ。『もう二度と佳月には会わせない、父親なんて絶対に名乗らないで』って」