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「やっと思いが通じ合いましたね。成瀬さん本当に鈍感なんですね」

夏目さんが、俺に悪態をついてくる。
確かに、俺は灯の事を散々傷つけてやっと自分の気持ちに気づく事が出来た。昔の自分をこうやって振り返ってみると、本当に子供でどうしようもない。

 「付き合ってみて本当の意味で僕は誰かを愛するという事を知った気がする。彼女は、僕を縛ったり、何かを強制したり、僕を変えようとしたりは絶対にしなかった」

 「誰かを変えようとするのは、ただの自己満かもしれないですね。その人の事を思って言っている事でも、自分の都合のいいようにその人を変えたいだけかもしれない」

 夏目さんの言う通り、灯は俺に対して不満がなかったわけではないと思うが、そのままの俺を全力で愛し続けてくれた。強引な所がある彼女なのに、俺に対しては絶対に強引な事をせずに、俺の考えを尊重してくれた。
 それは、親から強制され続けて嫌だった灯の思いがあったからかもしれない。

 「本当に好きな人が出来ると、その人に変わって欲しくないって思ってしまいますよね」

いつも明るくて元気な夏目さんが、珍しく寂しそうに言った。表情はわからないが、目に見えない分、耳から聞こえる音で些細な感情の変化に気づくようになってしまった。

 「夏目さんは、恋人がいるの?結婚はしてる?」

「あー、いえ。独身です。思ったよりも看護師の仕事に熱中してしまって、看護師になってから、一人、二人お付き合いした人はいたんですけど、そこまで深い関係を築けなくて。まあ、これもまた人生かなって」

  "これもまた人生"

 振り返ってみると、どんな失敗や後悔もいつかは納得して受け入れる事が出来るようになる。
ふとした時に思い出すと、少し苦味を感じるくらいで、それもまた良い経験だったと思える。
けれど人との別れはなかなかそんな風には思い難い。
 何年経っても、灯との別れを何処か受け入れる事が出来なかったからこそ、今この人生の終末にこの花火をどうしても見たいと思ったのかもしれない。

 「成瀬さんは、運命って信じますか?私は変えられる運命と変えられない運命があると思うんです。用意された運命に乗るか乗らないか。
いつでも下で車輪は回っているんです」

「僕の病気は産まれた時から決まっていた、運命だと思うよ。たった四十年で人生の終わりを迎えなければいけない。自分では変えられない」

 全ては最初から決まっている。人は産まれた時からひたすら死に向かって走って時間を重ねていく。どうせ死ぬなら何の為にわざわざ産まれたのか。生きている短い時間に意味を持たせる事ができるのは自分しかいない。
 それを教えてくれたのも灯だった、、、。

 新たな花火が打ち上がった時、夏目さんが俺の手にそっと触れた。その温もりが暖かくて、懐かしくて俺の心を満たしてくれた。彼女はターミナルケアの看護師として、痒い所に手が届くようなケアをしてくれた。
 俺の気持ちを汲んで、そっと触れないで欲しい時は触れず、心に不安がある時は安心させ、上手に人を笑わせた。俺は「ありがとう」と彼女に言うと、彼女は「私の方こそありがとうございます」と言った、、、。

 こんな夜でさえも、時間は重なって過ぎていく。一枚一枚は薄い透き通った紙のようでも、幾重にも重なりあっという間に時間は流れる。
止まって欲しいと願った所で絶対に叶うはずはない。だから、皆んなこの"記憶花火"を見たいと切に願うのかもしれない。

 「花火も折り返しを過ぎましたね。さぁ思い出の記憶も後半戦ですね」

夏目さんがそう言った瞬間、また記憶の波にさらわれた。秒針が物凄いスピードで戻り続ける。
人は未来に夢を描く生き物だが、過去に夢を抱きたいと、未来のない俺は願っていた、、、。