「なんだ、お前も五匹とったのか。凄いな」

「いや、水上が一人で全部とったんだよ。あいつ金魚すくいに人生かけてるんだって」

俺の言葉に、祖父は楽しそうに大笑いしていた。

 「灯ちゃんらしいな。ピアノの腕は世界並みなのに、ピアノじゃなくて、金魚すくいなんて物に、人生かけてるのか」

「水上はいつもどっかずれてるよ」

祖父が金魚を水槽に入れながら、俺の方を見て言ってきた。

 「灯ちゃん、さっきここに来た時、珍しく随分落ち込んでたな」

「え、、、?」

 俺の心臓の辺りがドキッと小さく痛んだ。水上の悲しそうな顔と、俺のTシャツの裾を掴んだ水上の手が頭をかすめた。

 「寂しそうに"私の前には銀河ステーションは現れなかった"って言ってたな」

 "銀河ステーション?"何の話しだ?俺が意味がわからなくて、不思議な顔をしていると、祖父が言った。

 「"銀河鉄道の夜"じゃないか?孤独の少年のジョバンニの前に、銀河ステーションが現れて旅をする話しだろ?」

 そういえば、水上が宮沢賢治みたいな人がタイプだと言っていた事を思い出した。つまり、自分は"孤独"だって事を言いたかったんだろうか。やっぱり、一人で灯籠流しをするのは辛かったのかもしれない。俺は自分が選んだ選択が合っていたのか一瞬不安になったが、もう戻る事は出来なかった。
 とりあえず、次に水上に会ったら、花火大会の日の事を謝ろうと思っていた。

 けれど、文化祭当日になっても、水上は学校に来なかった。



 「いや、マジで水上来ないのかよ。俺達だけでバンドやるって事?」

俺達は、体育館の舞台の袖で、緊張しながら出番を待っていた。うちのクラスは、バンド演奏を聴きながら、ジュースとポップコーンを食べれる事になっていた。既に体育館には、飲み物を購入した人達が待機していて、俺達の出番を待っていた。
 殆どの人間のお目当てが、天才ピアニストの水上のキーボードだと予想されるが、その本人が不在となると、お腹の出たゲイの風太と、いじめられっ子の飯田と、ギター初心者の俺と、助っ人の長田の、かなりイロモノ感漂うバンドになってしまう。

 風太もいつも大らかだが、心配そうな顔をしているし、長田もバンドを組んでいて、舞台慣れしてるとはいえ、メンバー的にかなり不安そうだった。飯田に至っては、舞台の袖から自分をイジメていた不良グループを見つけると、真っ青な顔になっていた。

 「俺、、、無理だ。あいつらいるし、やっぱり出ない」

「今更無理だろ。ドラムがいなきゃ成り立たないだろ」

「そんな事言っても、無理だよ。あいつら何か言ってくる気だよ!」

飯田はすっかり、びびっていた。仕方ないが、出ないという選択肢はもうなかった。

 「飯田君、大丈夫だよ。舞台にいたら、手は出せないから。お客さんの方は見ないで、演奏に集中しよう」

 風太が飯田を宥めると、飯田は少しだけ落ち着いた。そうは言っても、風太も顔が強張っていた。合唱部で舞台に立った事はあるだろうが、一人で歌う経験はないと言っていた。
 こんな時、水上がいたら何て言うんだろうか?俺は少し考えてみたが、全く思いつかなかった。