***開陵高校軽音部部室***

 「しかし、水上の奴、自分から誘ったくせに、自分が来ないとかどういう事だよな」

飯田がドラムのスティックを回しながらぼやいていた。
 夏休みが終わって始業式が済んで、二週間が経とうとしていた。あと一週間ちょいで文化祭だったが、水上は始業式が始まっても、学校に来ていなかった。正確に言うと、あの花火大会の日以来、水上は俺の前に姿を見せていなかった。
 由香ちゃんの話しでは、お盆に海外から父親が帰ってきて、ヨーロッパの何処かのコンクールに無理矢理出される事になったらしく、水上は日本を離れているという話しだった。
 水上は結局、父親の支配から逃れる事が出来なかったらしい。
あんな別れ方をしてしまって、俺は水上の事を心配していたし、いつもいるはずの部活や、喫茶店に水上がいなくなって、何処かぽっかり穴が空いた気がしていた。
 けれど、あの花火大会の日以来、俺は茜先輩と付き合う事になり、生まれて初めての恋愛に浮き足立っているのも事実だった。

 水上がいないのに、冴えない俺達でバンドをやった所で客がくるかはわからなかったが、今更、違う出し物に変更も出来ないので、俺達はバンドの練習を続けていた。日本を去る前に、水上が由香ちゃんに、編曲し直した楽譜を渡してきたらしく、俺達はそれを受け取って愕然とした。
 前よりもかなり難易度の高いものになっていて、嫌がらせかと思った。
文句を言うにも、本人がいないし、仕方なく俺は必死にギターの練習をした。

 部活へ行くと、茜先輩が先にプールに来ていてもう泳ぎ始めていた。茜先輩は俺に気がつくと、笑って手を振ってきた。俺も茜先輩に手を振りかえすと、後ろから涼太がタックルしてきた。

 「幸せそうだなぁ〜いいなぁ!お前は」

 「何がだよ!早く着替えるぞ」

俺がロッカールームに歩いて行くと、涼太が後ろからついてきながら、文句を言っていた。

 「あの、皆んなのアイドルの茜先輩を落とすなんて、どんなテクニック使ったんだよ!お前ばっかり!ずるいな」

「テクニックとかねーよ。ただ普通に告っただけだよ。お前こそ、水上の事はどうなったんだよ」

涼太はあれだけ、水上に対して熱をあげていたのに、今は何故か落ち着いていた。

 「灯ちゃんは、無理だ。諦めた。多分落とせない。かなり好きな男がいるからな」

 「え?そうなの?誰だよ」

「誰だか教えてはもらえなかったけど、かなり気持ちは強そうだったから、多分心変わりしないだろ」

 涼太があっさり引き下がるなんて珍しいと思った。涼太は、狙った子はしつこいくらいに、追い回して落としているイメージがあったからだ。
 あの、花火大会の日、茜先輩を家まで送って、喫茶店に行くと、祖父が一人でいて俺に、水槽を指差して言った。

 「灯ちゃんが、五匹も金魚を持ってやってきたよ。ここで飼ってくれって、お前達一緒に花火大会行ったんじゃなかったのか?」

「途中までは一緒だったんだけど、、、。あっこの金魚も一緒にいれていい?」

俺が金魚を差し出すと、祖父は驚いた顔をして、俺の手にある金魚のビニール袋を見た。