**開陵高校水泳部トレーニングルーム**

七月に入って、すっかり初夏を思わせるような天気が続いていた。空は夏の訪れを知らせるような何処までも高い青い空と、白い入道雲が続いていた。
 俺は高校に入った時から人より一時間早く来て朝練をしていた。俺は瞬発力はあったが、とにかく持久力が人より足りなかったので、持久力をつけるトレーニングに力をいれていた。
 俺が一人で、トレーニングルームでマシーンを使ってトレーニングをしていると、茜先輩が入ってきた。

 「佳月君、おはよう。早いんだね」

俺は、先輩を見た瞬間に緊張した。俺はあの日、完全に失恋をしたが、中々自分の気持ちを切り替える事を出来ずにいた。
 茜先輩は、同じ水泳部の宮田先輩と付き合っていて、俺が知らなかっただけで去年から二人は付き合っているようだった。
 宮田先輩も、目立つようなカッコいい先輩で、二人は確かにお似合いだった。
 俺は二人が一緒にいる場面に遭遇すると、目を逸らしたくなるくらいに辛かったが、いつか茜先輩への気持ちも消えるだろうと、ただ自分のこの気持ちが冷めていくのを待っていた。
 
 「もうすぐ、大会近いですもんね。表彰台に絶対に登りたいんですよ」

 「そうだよねぇ〜それは、私も一緒だよ!まだこの大会で一度も表彰台に登ってないからなぁ」

茜先輩は、そう言いながらゆっくりとストレッチを始めた。俺はまさかの二人だけという状況にあり得ないくらいに自分の心臓が高鳴っているのを感じた。

 「茜先輩なら、絶対大丈夫ですよ」

茜先輩が、優雅に前屈をしたと思ったら、俺の顔を見て切なそうに笑った。

 「ありがとう。ちょっと元気なかったんだよね。ここの所タイム伸びないし、他にも上手くいかない事があったりして」

茜先輩が弱音を吐くなんて珍しかった。今までどんな時も笑顔で、成績の悪い大会の時も皆んなを励ましていたのに、茜先輩の顔には疲れの色が見えていた。

 「珍しいですね。茜先輩いつもポジティブなのに。俺は、大会の度に茜先輩のポジティブさに助けられましたよ」

「佳月君は、昔から優しいね。私がタイム悪い時とか、さりげなくジュースを差し入れたりしてくれたよね」

そんなのは"好きだから"と思わず口に出したくなった。皆んなが憧れる、茜先輩の取り巻きの一人と思われてもいいから、つい気持ちを伝えたくなった。

 「最近、彼氏とちょっと上手くいかなくてさ。それでちょっとへこんでた。私って重いのかなぁ、、、」

「そんなわけないでしょ。茜先輩からそんなに思われて嫌な奴なんていないですよ」

思わず俺が口走ると、茜先輩は俺の目を見つめて綺麗に微笑んだ。

 「本当に、佳月君は良い後輩だね」

彼氏がいるくせに、そんな顔でただの後輩に向かって微笑みかける先輩が心底ずるいと俺は思った。
 失恋しているはずなのに、やっぱり茜先輩を目の前にすると、憧れずにはいられなかった。