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「成瀬さん。この花火はずっと変わらないですね。今は、もっと派手な花火は沢山あるけれど、この花火は昔からちっとも変わらない。素朴で暖かくて、懐かしい」

夏目さんの声で、また意識が現在に戻った気がした。この花火は本当に俺を二十五年前に打ち上げてくれるようだった。
 
 「成瀬さんも、昔この花火を好きな人とみた甘酸っぱい思い出があるんですね。青春ですね」

「夏目さん。憧れと恋愛は全く別物だと思わない?」

俺の問いかけに、夏目さんが悩んでいる様子が見えなくても肌で感じた。
 若い頃は、自分の感情に名前を付ける事が下手なような気がする。
 『この感情は、何なのか』思春期に初めて出会った感情は尚更そうだ。それが、ただの憧れなのか、恋愛なのか、わからないからこそ頭の中でバグを起こして、その感情に間違った名前をつけて思い込んでしまう。それで時々、無意識に人を傷つけてしまう。けれど灯はそんな事はなく、何処か世の中の"本質"に気づいているような子で、俺は灯に比べてどうしようもなく子供だった。

 「別物ですかね?恋愛の中に憧れもあるし、憧れの中に恋愛もあるんでは?何か哲学的な話しになってきましたね」

「憧れは自分とかけ離れた理想像に惹かれる事を言うと思う。、、、恋愛は時間が経つにつれ、誰かを愛していく事だと思う。そこには理想だけではなく、色々な感情が螺旋状に絡みあっていく」

 あの頃の俺は完全に勘違いをしていたんだ。
自分の気持ちが全くわかっていなかった。そのせいでだいぶ灯に辛い思いをさせていた。

 「成瀬さんが一緒にこの花火を見た相手は、恋愛相手だったって事ですか?」

俺は思い返していた、高校一年生の夏の日の事を。蒸し暑い夏の夜、俺が一緒に花火を眺めて歓声をあげていた相手は灯ではなかった。

 「思春期の十六歳だった僕は、間違えてしまったんだ。一緒に花火を見る相手を」

 俺は、その時の事を思い出すと胸がぎゅっとしめつけられる。過ちをなかった事にはできないけれど、それでも思ってしまう。
 あの日に戻って灯の涙に気づいてあげられたらと、、、。

 昔と変わらない花火がまた、夜空に向かって放たれた。俺のこのやるせない、情けない気持ちと共に、花火は打ち上げられ、火花は涙のようにはらはらと、煙を纏って落ちていく。