病気で明かりを失った。朝八時、部屋のドアがノックされると、訪問看護師の夏目さんが入ってきた。夏目さんは、入院中から俺の担当で、もう一年以上うちに訪問看護師として来ていてくれた。けれど、病気で失明した俺は、彼女の顔を一度も見た事はなかった。
 
 「成瀬さん!おはようございます!今日も暑いですよー!」

夏目さんは、いつもと変わらず元気よく俺に話しかけた。空調の効いた部屋に一日中いると、外の暑さとは無縁だったが、朝早くから蝉がこれでもかというくらいに鳴いていたので、外の暑さは想像出来た。

 「体調どうですかー?眠れましたか?」

夏目さんは、そう言いながら俺の腕を取って血圧を測り、体温計を脇に挟んだ。俺は三年前に症例の数少ない進行性の難病にかかり、あっという間に悪くなり、寝たきりになってしまった。初めは、目が見えなくなり、今は肺が悪く酸素をつけていても息をするのが辛かった。
 難病というこの病気は、どうやら遺伝性があるらしく、亡くなった父も同じ病気に侵されて、闘病の末にあっと言う間に亡くなった。
 病気が診断された初めは大変だった。病気の怖さから、精神的に取り乱したり、自暴自棄に陥った時もあった。

 けれど人間と言うのは、いいのか悪いのか順応していく生き物で、時間が経つに連れ、病気を受け入れる事が出来たわけではなかったが、最初に比べたら、だいぶ精神的に落ち着いていた。勿論、精神科に出してもらっている安定剤のおかげかもしれないが、、、。

 今では、最後の残された時間をどうやって過ごすかと、そればかり考えていた。
平均に比べたら、だいぶ短い寿命だと思うが、四十年という自分の生涯を振り返ると、悪くもなかったんじゃないかと思う。ゆっくりと言うよりも、夢中でがむしゃらに走って来た人生だったが、それでも太く短く生きてきたように感じる。

 ただ、、、病気になって改めて自分の人生を振り返ると、どうしても悔いが残る事があった。

 「よしっ!体調は問題なし!顔色も問題ないし、今日は予定通りに"記憶花火"見にいきましょうね」

夏目さんが俺の腕から血圧計を取りながら言った。今日はお盆で、毎年恒例のこの地域で行われる灯籠流しと、花火が開催される日だった。
 来年は多分見る事は出来ないだろう。
俺はそう思うと、どうしても"記憶花火"が見たかった。もちろん、本当に見る事は出来ないが、会場に行って、雰囲気と花火の音を聞ければそれで良かった。
 かなり我儘を言ったが、身寄りのいない俺は夏目さんに頼み込んで、連れて行ってもらえる事になっていた。

 「ありがとう」俺が、小さなか細い声で言うと、夏目さんは明るい声で「本当ですよ〜高いですよ!時給五千円ですからね」と言うので、思わず俺は少し微笑んだ。
 彼女の明るさに励まされる事が多く、俺は本当に彼女に感謝していた。