「佳月君！」ある日の部活中に、俺はいきなり茜先輩に声をかけられて、心臓が飛び出るくらいに緊張した。

　「はい！何ですか？」

茜先輩は、タオルで自分の顔を拭きながら俺に向かって笑いかけた。その笑顔を見ただけで、死にそうなくらいに嬉しかった。

　「佳月君フォーム凄くよくなったね。タイムも伸びたでしょ？」

茜先輩が俺の事を見ていてくれたらしい。今まで人一倍練習を頑張って報われた瞬間だった。

　「ありがとうございます。丁寧に泳ぐように意識したら、タイムよくなったんですよ」

「佳月君、中学の頃から努力家だもんね、お互い頑張ろうね」

「はい！」俺は去っていく茜先輩をただひたすら眺めていた。歩く姿だけでも見惚れてしまうくらいに美しかった。俺は完全にぼーっとしていたら、頭にビート板を投げつけられた。

　「何、ぼーっとしてるのかな？次のメニュー始まりますよ？」

振り向くと水上がいた。

　「お前、投げるなよ。本当にがさつだなぁ」

「え？何だって？」水上がそう言って次々とビート板を投げてくる。二人でビート板を投げ合っていると、涼太がやってきた。

　「何してんだよ、お前ら本当に仲いいなぁ。灯ちゃん、灯ちゃんも今日くるだろ？一年生の親睦会」

涼太が言っているのは、今日の練習の後、水泳部の一年生で親睦会をするという話しの事だった。

「行きます！！由香も行くって言ってたよ」

「良かった。場所は、佳月のじいちゃんがやってる喫茶店だから」

「成瀬君のじいちゃん？、、、喫茶店やってるの？」

俺の祖父は阿武隈川沿いで昔から喫茶店をやっていた。昼は普通の喫茶店で、夜はお酒を出していた。

　「料理も美味いんだよ、ナポリタンとか最高！中学の時から、何かあると佳月のじいちゃんの喫茶店で打ち上げだったんだ」

「それは、楽しみかも」涼太は、水上が来るのが嬉しそうだった。入学式の日から、涼太は水上の事を気に入っていて、事あるごとに話しかけていた。練習の後、俺達は喫茶店に向かった。
昔から、母は仕事が忙しく、帰りが遅かったので、俺は学校から帰るといつも祖父の喫茶店に帰って、祖父が作った料理を夕飯に食べていた。
　祖父の喫茶店は、昔からの古い作りだったが窓からは阿武隈川が見る事が出来て、ロケーションは最高だった。
　茶色を基調とした店内に、深緑のソファーが並べられて、祖父の好きなジャズが流れている。昔からこの雰囲気が好きなリピーターも多かった。

　「じいちゃん！皆んな連れてきたよ」

今日は総勢十名くらいが来ていた。喫茶店の扉を開けると、頭は白髪だが背が高くて、年のわりに若い祖父が笑顔で迎えてくれた。

　「いらっしゃい！」

「よろしくお願いしますー！」

皆んなが、口々に挨拶すると喫茶店の中はあっという間に活気づいた。祖父はあらかじめ、作っておいてくれた料理もあったので、俺も手伝いながら運んだ。基本喫茶店は、祖父一人で切り盛りしていた。
　忙しそうにしている、俺と祖父を見かねて水上が手伝ってくれた。

　「これも運んでいいの？」

「あっ、サンキュー」水上はどんどん手際よく料理を運んでくれた。