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花火は最後のフィナーレを打ち上げていた。
何度も何度も花火が空に打ち上げられる音が聞こえてくる。俺はその音で現実に戻されると、苦しい胸の痛みで、ここが現在なんだとわかった。
俺は本当に鈍感だ。
過去の記憶を鮮明に思い出す事で、俺はまさかと思うが、ある疑問が浮かんできた。どうして、今日の今日まで気づく事が出来なかったんだろう。いつも、すぐ側で俺の事を支えていてくれた夏目さんの正体に、、、。
俺の隣りで一緒に花火を見ていた夏目さんの存在を、俺は空気で感じていた。もしかしたら違うかもしれない、それでも確かめたかった。
「夏目さんは、、、灯?」
俺が小さな声で呟くと、夏目さんは少し黙ってから、あきれたようにいった。
「そうだよ。佳月は本当にいつまでたっても気づかないんだから。母が水上の籍を抜いて、私も夏目になったって話したけど、流石にそんな昔の事忘れていたよね」
俺は信じられない思いで、胸がいっぱいだった。あんなに会いたいと、願っていた灯と、まさかずっと一緒にいたなんて、頭が追いついていかなかった。
「じゃあ、灯もずっと一緒に記憶花火を見て、昔の記憶を見ていたの、、、?」
「うん、、、。懐かしい記憶と、取りこぼしていた記憶も全て今一緒に見てた。素晴らしい、、、記憶だった、、、。佳月と出会えたから、私の人生は素晴らしいものになった」
灯が泣いているようで、鼻を啜る音が聞こえた。「灯、、、手、、、」俺がそう言うと、灯は俺の手を握った。どうしてもっと早くに言ってくれなかったのか、俺は少し残念な気持ちだったが、初めて灯が夏目さんとして、俺の所へやってきた日の事を思い返していた。
『今日から、担当の看護師になる夏目です。よろしくお願いします!』
灯が部屋に入ってきた時、それまで暗かった部屋の中が急にきらきらと明るくなった気がした。もちろん目には見えなかったが、明るい空気を肌で感じた。あの日以来"夏目さん"なしでは、今のような前向きな闘病は出来なかっただろう。灯は人をサポートする、という自分のやりたい事をきちんと仕事にして、生き生きと働いていたのだ。
「ありがとう、、、灯。俺はそれだけをずっと言いたかった、、、。灯と出会えた事が人生で一番の宝物だった、、、」
息も絶え絶えに俺が言うと、灯の俺の握る手が強くなった。
「私、ずっと言わなかった事があるの」
「何、、、?」
「佳月に出会う前の中学三年の時の花火大会の日、私は姉が亡くなった直ぐ後で、絶望の中にいたの。一人で姉を思って自分を責めて灯籠を流していたら、一つだけ川の流れに反して私の所へ流れてくる灯籠があったの」
灯の奇妙な話しに、俺は聞き入っていた。
「私は、目の前に流れてきた灯籠を手に取ったの。なんだか私に手に取って欲しそうに感じたのよ。灯籠の中には封筒に入った手紙があって、私はその宛名を見て驚いた。宛名が"水上 灯様"ってなっていたから」
俺はそんなファンタジーみたいな話しを聞いて驚いていた。灯が夢でも見たんじゃないかと思ったが、真剣に話しているので嘘ではないようだった。
「、、、誰からの手紙だったの?」
「二十五年後の私からだった、、、」
しばらく、二人で沈黙していた。そして灯が俺の手を軽く叩いた。
「ちょっと、冗談だと思ってるでしょ?顔が少し笑ってる」
「、、、いや?それで何て書いてあったの?」
「う〜ん。色々書いてあったんだけど。今あるから読んでいい?」
俺は小さく頷いた。灯は何か、がさごそさせながら、手紙を開いたようだった。
「"中学三年生の水上 灯様"
私はあなたに伝えたい事があって手紙を書きました。今、あなたは姉が亡くなって、悲しみの底にいると思います。もう這い上がる事が出来ない程、辛い思いをしていると思います。
けれど、その悲しみはそんなに長くは続きません。あなたは高校に進学すると『成瀬 佳月』という人に恋をします。
あなたは、その人と一緒に素晴らしい青春時代を過ごす事が出来ます。それは、とても幸せで生涯忘れられないような時間なんです。
どうか、彼を見つけて運命の糸を手繰り寄せてください。
彼と、人生の途中で別れてしまう運命でも、あなたには必ず最後に彼と一緒にいて欲しいんです。二十二後、彼は病気で福島県の◯◯病院に入院して、その後在宅で闘病を続けます。どうか、彼を支えてあげて欲しい。それがあなたにとっても、きっと幸せな事だから。
そして、最後に二人で記憶花火を見てください。いつのまにか消えてしまった記憶が必ず蘇ってくるから。彼を愛する事をためらわないで、、、。
二十五年後の水上 灯より"」
俺は、嘘みたいな話に驚いて、信じていいのか、どうなのか悩んでいた。
ただ、俺は思い返していた。初めて灯と出会った時、灯は何故か俺にこう言った『受かると思うよ、絶対に。じゃあ!四月にまた会おう!』あの時、どうして灯がそんなに確信を持っていたかわからなかった。けれど、この手紙を読んでいたなら頷ける。
「私、バスで出会った佳月の名前が『成瀬 佳月』だって知って、本当に手紙の人と出会ってしまったと思って、一気にどきどきしちゃってね、私この人と恋をするんだと思った瞬間に、もう恋に落ちてた。単純だよね。なかなか振り向いてもらえなくて、あの手紙嘘だったのかなぁって疑ったりもしたけどね。それでも、怖いくらいに手紙通りになった」
「俺が病気になる事も知っていた?」
「まさか本当に病気になるとは思ってなかったけど、◯◯病院のターミナルケアの病棟ナースになって、あなたが本当に入院してきた時は、運命だと思った。だから、あなたが在宅医療に切り替わる時には、一緒に訪問看護師になって、あなたの側にいる事に決めたんだ」
変えられる運命と、変えれない運命があったのかもしれない。それでも灯は俺の側にいる事を選んでくれた。もう何も見えない瞳から涙だけが流れていた。ずっと病気になって悲観していた。短い人生だった事に、怒りや恐怖を覚えた日もあった。
けれど、振り返ってみれば俺の人生の足跡は全て輝いていた。充分過ぎる人生だと感じる事が出来た。
「私、幸せだったの。佳月といた時間が。今だってそう。だから、さっき流してきたの、手紙を乗せた灯籠を。過去の自分に向かって流れていくように祈って。お盆の時期は、あの世とこの世が重なる不思議な時期でしょ?きっとこの阿武隈川の流れも、過去や未来を行ったりきたりしている気がするの。そしたら、私達また過去で恋をする────」
夢が叶った気がした。灯と別れてから、ずっと今日の日が来る事を願っていた。
もう一度だけ、灯と記憶花火を一緒に見たい。
願いは叶って、花火は終わり火薬の匂いが残っていた。
「さぁ、佳月帰ろう。酸素ボンベ付け替えなくちゃ」
灯はそう言って、車椅子を動かした。俺達は、二人で祭りのあとを喫茶店に向かって帰っていった。灯といると、俺は安心した気持ちになれた。
「ありがとう、、、」
俺は、灯に何回でもその言葉を伝えたかった。
記憶の花は幾度となく、何度も何度も俺の頭の中で打ち上げられた。
きっと、この命が尽きるまで、俺はこの記憶と共に生きていくのだろう。
思い出がまた灯を連れ戻してくれた事に感謝をして、、、。
花火は最後のフィナーレを打ち上げていた。
何度も何度も花火が空に打ち上げられる音が聞こえてくる。俺はその音で現実に戻されると、苦しい胸の痛みで、ここが現在なんだとわかった。
俺は本当に鈍感だ。
過去の記憶を鮮明に思い出す事で、俺はまさかと思うが、ある疑問が浮かんできた。どうして、今日の今日まで気づく事が出来なかったんだろう。いつも、すぐ側で俺の事を支えていてくれた夏目さんの正体に、、、。
俺の隣りで一緒に花火を見ていた夏目さんの存在を、俺は空気で感じていた。もしかしたら違うかもしれない、それでも確かめたかった。
「夏目さんは、、、灯?」
俺が小さな声で呟くと、夏目さんは少し黙ってから、あきれたようにいった。
「そうだよ。佳月は本当にいつまでたっても気づかないんだから。母が水上の籍を抜いて、私も夏目になったって話したけど、流石にそんな昔の事忘れていたよね」
俺は信じられない思いで、胸がいっぱいだった。あんなに会いたいと、願っていた灯と、まさかずっと一緒にいたなんて、頭が追いついていかなかった。
「じゃあ、灯もずっと一緒に記憶花火を見て、昔の記憶を見ていたの、、、?」
「うん、、、。懐かしい記憶と、取りこぼしていた記憶も全て今一緒に見てた。素晴らしい、、、記憶だった、、、。佳月と出会えたから、私の人生は素晴らしいものになった」
灯が泣いているようで、鼻を啜る音が聞こえた。「灯、、、手、、、」俺がそう言うと、灯は俺の手を握った。どうしてもっと早くに言ってくれなかったのか、俺は少し残念な気持ちだったが、初めて灯が夏目さんとして、俺の所へやってきた日の事を思い返していた。
『今日から、担当の看護師になる夏目です。よろしくお願いします!』
灯が部屋に入ってきた時、それまで暗かった部屋の中が急にきらきらと明るくなった気がした。もちろん目には見えなかったが、明るい空気を肌で感じた。あの日以来"夏目さん"なしでは、今のような前向きな闘病は出来なかっただろう。灯は人をサポートする、という自分のやりたい事をきちんと仕事にして、生き生きと働いていたのだ。
「ありがとう、、、灯。俺はそれだけをずっと言いたかった、、、。灯と出会えた事が人生で一番の宝物だった、、、」
息も絶え絶えに俺が言うと、灯の俺の握る手が強くなった。
「私、ずっと言わなかった事があるの」
「何、、、?」
「佳月に出会う前の中学三年の時の花火大会の日、私は姉が亡くなった直ぐ後で、絶望の中にいたの。一人で姉を思って自分を責めて灯籠を流していたら、一つだけ川の流れに反して私の所へ流れてくる灯籠があったの」
灯の奇妙な話しに、俺は聞き入っていた。
「私は、目の前に流れてきた灯籠を手に取ったの。なんだか私に手に取って欲しそうに感じたのよ。灯籠の中には封筒に入った手紙があって、私はその宛名を見て驚いた。宛名が"水上 灯様"ってなっていたから」
俺はそんなファンタジーみたいな話しを聞いて驚いていた。灯が夢でも見たんじゃないかと思ったが、真剣に話しているので嘘ではないようだった。
「、、、誰からの手紙だったの?」
「二十五年後の私からだった、、、」
しばらく、二人で沈黙していた。そして灯が俺の手を軽く叩いた。
「ちょっと、冗談だと思ってるでしょ?顔が少し笑ってる」
「、、、いや?それで何て書いてあったの?」
「う〜ん。色々書いてあったんだけど。今あるから読んでいい?」
俺は小さく頷いた。灯は何か、がさごそさせながら、手紙を開いたようだった。
「"中学三年生の水上 灯様"
私はあなたに伝えたい事があって手紙を書きました。今、あなたは姉が亡くなって、悲しみの底にいると思います。もう這い上がる事が出来ない程、辛い思いをしていると思います。
けれど、その悲しみはそんなに長くは続きません。あなたは高校に進学すると『成瀬 佳月』という人に恋をします。
あなたは、その人と一緒に素晴らしい青春時代を過ごす事が出来ます。それは、とても幸せで生涯忘れられないような時間なんです。
どうか、彼を見つけて運命の糸を手繰り寄せてください。
彼と、人生の途中で別れてしまう運命でも、あなたには必ず最後に彼と一緒にいて欲しいんです。二十二後、彼は病気で福島県の◯◯病院に入院して、その後在宅で闘病を続けます。どうか、彼を支えてあげて欲しい。それがあなたにとっても、きっと幸せな事だから。
そして、最後に二人で記憶花火を見てください。いつのまにか消えてしまった記憶が必ず蘇ってくるから。彼を愛する事をためらわないで、、、。
二十五年後の水上 灯より"」
俺は、嘘みたいな話に驚いて、信じていいのか、どうなのか悩んでいた。
ただ、俺は思い返していた。初めて灯と出会った時、灯は何故か俺にこう言った『受かると思うよ、絶対に。じゃあ!四月にまた会おう!』あの時、どうして灯がそんなに確信を持っていたかわからなかった。けれど、この手紙を読んでいたなら頷ける。
「私、バスで出会った佳月の名前が『成瀬 佳月』だって知って、本当に手紙の人と出会ってしまったと思って、一気にどきどきしちゃってね、私この人と恋をするんだと思った瞬間に、もう恋に落ちてた。単純だよね。なかなか振り向いてもらえなくて、あの手紙嘘だったのかなぁって疑ったりもしたけどね。それでも、怖いくらいに手紙通りになった」
「俺が病気になる事も知っていた?」
「まさか本当に病気になるとは思ってなかったけど、◯◯病院のターミナルケアの病棟ナースになって、あなたが本当に入院してきた時は、運命だと思った。だから、あなたが在宅医療に切り替わる時には、一緒に訪問看護師になって、あなたの側にいる事に決めたんだ」
変えられる運命と、変えれない運命があったのかもしれない。それでも灯は俺の側にいる事を選んでくれた。もう何も見えない瞳から涙だけが流れていた。ずっと病気になって悲観していた。短い人生だった事に、怒りや恐怖を覚えた日もあった。
けれど、振り返ってみれば俺の人生の足跡は全て輝いていた。充分過ぎる人生だと感じる事が出来た。
「私、幸せだったの。佳月といた時間が。今だってそう。だから、さっき流してきたの、手紙を乗せた灯籠を。過去の自分に向かって流れていくように祈って。お盆の時期は、あの世とこの世が重なる不思議な時期でしょ?きっとこの阿武隈川の流れも、過去や未来を行ったりきたりしている気がするの。そしたら、私達また過去で恋をする────」
夢が叶った気がした。灯と別れてから、ずっと今日の日が来る事を願っていた。
もう一度だけ、灯と記憶花火を一緒に見たい。
願いは叶って、花火は終わり火薬の匂いが残っていた。
「さぁ、佳月帰ろう。酸素ボンベ付け替えなくちゃ」
灯はそう言って、車椅子を動かした。俺達は、二人で祭りのあとを喫茶店に向かって帰っていった。灯といると、俺は安心した気持ちになれた。
「ありがとう、、、」
俺は、灯に何回でもその言葉を伝えたかった。
記憶の花は幾度となく、何度も何度も俺の頭の中で打ち上げられた。
きっと、この命が尽きるまで、俺はこの記憶と共に生きていくのだろう。
思い出がまた灯を連れ戻してくれた事に感謝をして、、、。



