学校を出ると、俺達は阿武隈川の河川敷に来ていた。足元にはまだ雪が残っていた。ここはお盆に灯籠流しをする場所だった。冬の冷たい風が、阿武隈川から吹き付けて肌に刺す。俺達は二人共どちらが先に話し出すか躊躇っていた。
俺は正直に言うと怖かった。灯が俺に何を話し出すのか、大体予想出来ていたからだ。
「灯、、、?俺は灯が好きでいてくれたような時の俺ではなくなってしまったよな?」
灯は、真っ直ぐ阿武隈川を見つめていた視線を俺の方へ向けた。
「自分でもわかってる。今の俺は余裕がいっさいなくて、灯の事をちゃんと考えられていないし、気持ちを思いやる事も出来てない。正直に言えば、頭の中の殆どは、仕事の事しかなくなってる」
灯は寒いのかポケットに手を入れたまま白い息を吐いた。白い息がそのまま凍りそうな程今日は冷え込んでいた。
「それで良いと思う。佳月のたった一度きりの人生だよ。自分が一生かけてやりたい仕事があるなら、それに全力を注ぎ込む事は悪い事ではないよ。私は、どんどん色々な事に挑戦して、世界を広げて変わっていく佳月を尊敬してる」
灯は相変わらず、俺の進む道を批判したりはしなかった。俺は欲張りなんだろうか?自分の夢と、灯と両方手に入れたいと願っている。それがどんなに大変で苦しくても、俺の隣には灯がいて欲しかった。
「俺は、どんなに二人が変わっていっても、灯と一緒にいたいと思ってる。また灯を傷つけるかもしれないし、寂しい思いをさせるかもしれないけど、俺は灯についてきてほしい、、、」
灯がポケットから手を出すと、俺の手を軽く握った。かつて灯が好きだと言ってくれた俺の手を、灯の体温が優しく包みこんだ。
「私、ここへ戻ってこようと思ってる。母も父が亡くなって引っ越す事になったし、実は私も水上の籍を抜けて、もう"水上 灯"じゃなくなったの。今は母の旧姓の"夏目 灯"こんな事かもしれないけど、私はなんだか父の手を離れて、本当の自分になれた気がするの。だからピアノも辞める、自分が本当にやってみたい事をやっていく」
俺は、わかっていたが咄嗟に「でも、、、」と言葉を挟んでしまった。そんな俺を灯は遮って話しだした。
「私ね、自分のピアノの才能に価値なんてないと思ってる。そんな価値なんていらないの。私は佳月にだけ価値のある人間になりたかった、、、」
灯の目から、一粒涙が溢れた。俺は、その涙を手で拭うと、灯は首を小さく振った。
「佳月と出会えたから私は、姉の死を乗り越えられた。佳月と出会って恋をして、私はこの世界がこんなに素晴らしい物だと気づく事が出来た」
「灯、、、?」
俺も自分の目から涙が溢れている事に気がついた。こんなに、俺は灯から愛情をもらっていた。それに気がついていたはずなのに、俺は灯の気持ちを考えられていなかった。
「私は、ただずっと一緒にいる事が、愛情だとは思わない。好きだからこそ、相手の事を考えて離れて応援する事も大事だと思う。このまま一緒にいても、辛いだけだよ。私は佳月に何のしがらみもなく、自由に変わっていって欲しい」
変わりながら成長していきたいと願う俺と、変わらない大切な物を大事に生きて行きたいと願う灯は、どうやっても歪みが生じて上手くいかなかった。結局それは、いくら話し合った所でお互いが満足いく答えは出せないとわかっていた。けれど、それでも俺はこの手を離せなかった。胸が痛くて、どうにかなりそうだった。
「俺は、、、離れたくない」
今更縋り付いて、みっともないのは十分承知だ。それでも、繋ぎ止めたくて灯との未来を無理にでも描きたかった。
「佳月、辛いけど一旦ここでお別れにしよう。いつか、お互い自分がやりたい事を必死に、めいいっぱいに頑張って、やりきれたと思えたら、また一緒にここで"記憶花火"を二人で見よう。
昔とも、今とも違う二人で、昔の懐かしい記憶と忘れてしまった記憶を全て二人で振り返ろう」
灯は握っていた俺の手を離した。俺は溢れてくる涙を止める事が出来ずに、手で顔を覆った。
灯は泣きながらも笑っていた。俺が愛した、目尻を下げて笑った顔だった。
「約束だよ。佳月、またいつか、一緒に記憶花火を見ようね」
灯はそう言って、一人歩いて行ってしまった。追いかけようと思ったが、足が一歩も出なかった。灯の決断が堅い事を俺はわかっていたし、最後くらい、灯の決めた人生の判断を尊重しなければいけないと思っていた。
けれど、それからいつまで経っても、俺の中から灯との思い出は消える事なく、小さな蝋燭につけられた火は、いつまでもゆらゆらと灯し続けていた。
俺は正直に言うと怖かった。灯が俺に何を話し出すのか、大体予想出来ていたからだ。
「灯、、、?俺は灯が好きでいてくれたような時の俺ではなくなってしまったよな?」
灯は、真っ直ぐ阿武隈川を見つめていた視線を俺の方へ向けた。
「自分でもわかってる。今の俺は余裕がいっさいなくて、灯の事をちゃんと考えられていないし、気持ちを思いやる事も出来てない。正直に言えば、頭の中の殆どは、仕事の事しかなくなってる」
灯は寒いのかポケットに手を入れたまま白い息を吐いた。白い息がそのまま凍りそうな程今日は冷え込んでいた。
「それで良いと思う。佳月のたった一度きりの人生だよ。自分が一生かけてやりたい仕事があるなら、それに全力を注ぎ込む事は悪い事ではないよ。私は、どんどん色々な事に挑戦して、世界を広げて変わっていく佳月を尊敬してる」
灯は相変わらず、俺の進む道を批判したりはしなかった。俺は欲張りなんだろうか?自分の夢と、灯と両方手に入れたいと願っている。それがどんなに大変で苦しくても、俺の隣には灯がいて欲しかった。
「俺は、どんなに二人が変わっていっても、灯と一緒にいたいと思ってる。また灯を傷つけるかもしれないし、寂しい思いをさせるかもしれないけど、俺は灯についてきてほしい、、、」
灯がポケットから手を出すと、俺の手を軽く握った。かつて灯が好きだと言ってくれた俺の手を、灯の体温が優しく包みこんだ。
「私、ここへ戻ってこようと思ってる。母も父が亡くなって引っ越す事になったし、実は私も水上の籍を抜けて、もう"水上 灯"じゃなくなったの。今は母の旧姓の"夏目 灯"こんな事かもしれないけど、私はなんだか父の手を離れて、本当の自分になれた気がするの。だからピアノも辞める、自分が本当にやってみたい事をやっていく」
俺は、わかっていたが咄嗟に「でも、、、」と言葉を挟んでしまった。そんな俺を灯は遮って話しだした。
「私ね、自分のピアノの才能に価値なんてないと思ってる。そんな価値なんていらないの。私は佳月にだけ価値のある人間になりたかった、、、」
灯の目から、一粒涙が溢れた。俺は、その涙を手で拭うと、灯は首を小さく振った。
「佳月と出会えたから私は、姉の死を乗り越えられた。佳月と出会って恋をして、私はこの世界がこんなに素晴らしい物だと気づく事が出来た」
「灯、、、?」
俺も自分の目から涙が溢れている事に気がついた。こんなに、俺は灯から愛情をもらっていた。それに気がついていたはずなのに、俺は灯の気持ちを考えられていなかった。
「私は、ただずっと一緒にいる事が、愛情だとは思わない。好きだからこそ、相手の事を考えて離れて応援する事も大事だと思う。このまま一緒にいても、辛いだけだよ。私は佳月に何のしがらみもなく、自由に変わっていって欲しい」
変わりながら成長していきたいと願う俺と、変わらない大切な物を大事に生きて行きたいと願う灯は、どうやっても歪みが生じて上手くいかなかった。結局それは、いくら話し合った所でお互いが満足いく答えは出せないとわかっていた。けれど、それでも俺はこの手を離せなかった。胸が痛くて、どうにかなりそうだった。
「俺は、、、離れたくない」
今更縋り付いて、みっともないのは十分承知だ。それでも、繋ぎ止めたくて灯との未来を無理にでも描きたかった。
「佳月、辛いけど一旦ここでお別れにしよう。いつか、お互い自分がやりたい事を必死に、めいいっぱいに頑張って、やりきれたと思えたら、また一緒にここで"記憶花火"を二人で見よう。
昔とも、今とも違う二人で、昔の懐かしい記憶と忘れてしまった記憶を全て二人で振り返ろう」
灯は握っていた俺の手を離した。俺は溢れてくる涙を止める事が出来ずに、手で顔を覆った。
灯は泣きながらも笑っていた。俺が愛した、目尻を下げて笑った顔だった。
「約束だよ。佳月、またいつか、一緒に記憶花火を見ようね」
灯はそう言って、一人歩いて行ってしまった。追いかけようと思ったが、足が一歩も出なかった。灯の決断が堅い事を俺はわかっていたし、最後くらい、灯の決めた人生の判断を尊重しなければいけないと思っていた。
けれど、それからいつまで経っても、俺の中から灯との思い出は消える事なく、小さな蝋燭につけられた火は、いつまでもゆらゆらと灯し続けていた。



