映画を見終わると、灯が「久しぶりに高校に行ってみない?」と言い出した。
俺達は二人の思い出をなぞっていく様に、昔の幸せな記憶に放り込まれた。どんなに幸せな思い出も、過ぎてしまえば切ない寂しい思いをかすめる。それは、もう絶対に戻れない事がわかっているからだろう。

 あの頃と同じ様に、二人で学校へ向かうバスに乗っていても、俺達はあの時とは全く違っていた。

 「懐かしいね〜よく一緒にバスに乗ってたよね」

 「俺、灯と初めて会った時の事よく覚えてるよ。いきなり入試の日に俺をバスから降ろして変な奴だと思った」

「失礼だな〜。絶対に佳月も同じ受験生だと思って、バスが遅れて青い顔してたから声をかけたんだよ」

 そうは言っても、灯は強引だった。いつも衝動的で行動的、それでいて繊細なピアノを弾く。
けれど、そんな事はもう関係なくただ俺は灯に恋をしていた。

 「毎日一緒にこのバスに乗ってくだらないゲームをしたよな。灯とバスに乗ってる時間が一番楽しかったかもしれない」

「私も。佳月と一緒のバスに乗る為によく走ったよ。朝も寝坊しないように気をつけたけど、朝はダメだったなぁ、、、」

 「よく遅刻してたもんな。今はよく寝坊しないで社会人出来てるな」

「そりゃそうだよ。私だってもう立派な大人だし、佳月程ではなくても、一応責任とプレッシャーがあるんですよ」

 灯がドヤ顔で言ってきた。灯の仕事だって、俺の仕事と変わらないくらいのプレッシャーはあるはずだろう。大勢の前で演奏する緊張は、きっと計り知れない。高校へ着くと俺達は、校舎やプールの方を歩いて周った。
 休日だったので、少ない部活の子達がいるだけだった。

 「何か、辛い事もあったはずなのに、全部楽しかった気がするね」

 「勝手に思い出が美化されてるのかな?」

「違うって、本当に美しい青春の中に、私達はいたんだよきっと」

俺達は、二人でプールの方へ行ってみた。中へ入ると昔の様にきつい塩素の匂いが鼻についた。この匂いを嗅ぐと、俺達は高校生の二人に巻き戻されるような気がした。今にも、二人でふざけてビート板を投げ合う俺達が見える気がした。同じ経験を分かち合い、二人で一緒に成長していた。そんな日々が続くと当たり前に思っていた。日々、灯との毎日を重ねて、日々、灯の事だけを思っていた。

 けれど、今の俺は違う。隣にいる灯の瞳を見ると、きっと灯も違う。俺達はいつからこんなにすれ違ってしまっていたのだろうか?