「でも、今のシンジさんなら違うかもしれませんよ?昔と随分変わってますもん。音楽も人間も」

 変わった、、、。俺は変わっただろうか?

 人を好きになる事なんてないと思っていた。
この島へ来て、友人が出来て恋人が出来た。
それは、メジャーデビューをして大金を稼ぐ事より今の俺にとったら、大事な事のように思えた。
 カブさんの方へ目をやると、ビールを飲みながら熊さんと談笑している。
もちろん会話の99%はカブさんで、熊さんは黙って相槌を打つくらいだ。
 カブさんのコミュニケーション能力は素晴らしい。子供から大人まで、皆んなカブさんを好きになってしまう気がした。
 あれも一種の才能だ、そして努力の人だ。
それは、カブさんの部屋の大量の本が物語っている。

 カブさんは自分の中で進む道をしっかりと決めて歩める人だ。
間違ったとしても、方向をまた戻すだけ。
そんなシンプルな生き方をしている。

 明日、カブさんはこの島を出て自首する。

 もうカブさんと楽しくお酒を飲めなくなるのかと思うと、寂しかった。
明日は皆んなでお見送りに港まで行く予定だった。
 このままホテルエアロで楽しく過ごしていきたいと、俺はいつのまにか願っていたが、願いとは殆ど叶わないから願いなのだ。

 その日は、夜遅くまで盛り上がった。
イゾンがネットで仕入れた怖い話をしたり、俺が何曲かギターを弾いて歌ったり、ついでに玲も歌ったり。

 楽しい宴の時間はあっと言う間に過ぎて行った。

 次の日、俺達はカブさんの大きなキャリーケースを転がして港まで行った。
イゾンは朝からずっと涙目でカブさんを見つめていた。
 玲も客を見送るのは慣れているはずなのに、悲しそうだった。
俺達三人は、今まで来た客の中でも、特別な客なのかもしれない。

 ステアリング島は今日も雲一つない快晴だ。
青い海が無限に広がる、何処かの国にぶつかるまでずっと広がっている。

 もう、カブさんの乗るジェット船は港についていた。
熊さんが、大きなお弁当箱をカブさんに手渡す。
「船の中で食べてください。」カブさんは大事そうにお弁当箱を受け取ると、皆んなの方へ向いた。

 イゾンは泣いていた。玲も今にも泣き出しそうな顔だ。
 俺は何故か泣けなかった。
寂しい事に間違いはないが、何故か悲しくはなかった。