フェス当日になった。
流石のステアリング島、今日も雲一つない晴天だった。
 俺は、海岸に設けられたステージで朝からリハーサルをしていた。

 合計六組が出る事になった今回のフェスだが、今まで島でフェスなど行われた事がなかったらしく、島の人達は興味シンシンで駆けつけてくれていた。
 熊さんもまた出店を出してくれて、イゾンやカブさんも手伝っていた。

 自分のバンドのリハーサルが終わって、袖の方でステージを眺めていると、ギンガムチェックのエプロンを着た玲が俺の方を見て、手招きしている。
 前回サーフ大会の時に着ていた、エプロンだった。玲は今日も髪の色をピンクにしてよく似合っていた。

 「どうした?」

 俺が玲の方へ行くと、玲が俺にホットドッグと飲み物を載せたトレーをくれる。

「本番までに、お腹に何か入れた方がいいよ。
緊張してる?」

 玲が楽しそうに聞いてくる。

「サンキュー、心臓バクバクだよ。久しぶりだからな」

 俺が正直に答えると、玲はもっと嬉しそうに笑って、俺の背中をポンポン叩く。

「シンジの緊張してる姿なんて貴重だなぁ。普段あんまり見ないもんね」

「そんなに?言わないだけで、結構緊張してる事なんて沢山あるぜ」

「そうなの?シンジはポーカーフェイスだからなぁ。色んな顔を見せてくれると、私は嬉しくなるんだよね」

 玲のポニーテールにしている髪が風になびく。俺はその髪があまりに綺麗だったので手で触れた。

「今日はナンパされてもついて行くなよ」

「行かないよ。私はシンジに夢中だからね」

 そう言って笑う玲が可愛くて本気で心配になってきたが、とりあえず今日はそれどころじゃなかった。

 「かっこいい所見せてね」

 「まかしとけ」

 その瞬間、次のバンドのリハーサルが始まった。
まだ自分がこんな所で、こんな事をしている事が信じられなかった。

 もう二度とギターなど弾くことはないと思っていた。
作曲をする事も、舞台に立つことも絶対にありえないと思っていた。
 まさか、またこんな緊張感と高揚感をあじわえる事が出来るなんて、夢を見ているみたいだった。

 全てはこの島へ来たから、玲に出会って変わっていったのだ。
俺は今日という日を生涯忘れる事はないだろう。

 そのくらい自分にとって意味のあるステージだ。


 開幕の時───

島中の人が一同に集まったように、会場は人でいっぱいだった。
 歓声と熱気で島全体が沸いていた。
今か今かと皆んなが待つ。島での少ない娯楽の中でこんなに熱くさせるものは、あまりないのかもしれない。

 一組目の演奏が始まった。

 爆音がなり、会場の熱気はさらに激しいものとなった。
ドラムの音が地面を響かせ、ロックな音楽がなり響く。元々島の人達はノリが良かったので、知らないバンドでも、皆んなノリノリで聞いている。

 俺は自分の緊張を解すために、その場で軽くジャンプした。

 息を吐いて吸う。

少しだけ緊張が解けていった気がする。
 自信はある。テクニックどうこうじゃなく、自分自身が楽しむ自信だ。

 俺は、島へ来る前の自分のバンドの様子を思い出していた。

 メジャーデビューをしたいと願う程、何故か夢は遠くなっていた。
 完璧な曲、完璧な演奏。今思えば退屈だったと思う。俺はそれをぶっ壊したかった。

 一組目の演奏がそろそろ終わる、深呼吸をして、自分の呼吸を整える。
 また音楽がやれている、それだけでも今の俺にとっては幸せだった。

 ふと見ると、近くに熊さんがいてステージを眺めていた。
俺は熊さんにかけより、今日のお礼を言いに行く。

 「熊さん出店ありがとうございます!」

 俺の声が歓声にかき消される。

熊さんが俺に向かって笑いながら叫ぶ。

 「シンジ!Run Away!(暴走しろ!)」

 そう言われて背中を押された。その瞬間、俺の記憶が頭の中を駆け巡る。

 綾さんと出会い、ギターを教えてもらった事、
バンドを組んでインディーズでライブをした事、上手くいかず犯罪をおかしてこの島へ来た事、ホテルの皆んなと出会った事、玲の絵や玲に惹かれ恋をした事、そして再びギターを握った事、、、。


  俺の再起の瞬間だ────