それから玲と熊さんは、お互いに話さない日が続いていた。
玲も、熊さんも一歩も譲る気は無さそうだった。
 あれから玲はアトリエに閉じこもって、ひたすら絵を描いていた。   
俺も野外フェスの日が近づいていて、バンドの練習や、リハーサルにと忙しくなっていた。

 その夜、俺とイゾンとカブさんで、プールサイドでビールを飲んでいた。

「しかし、膠着状態が続いてますね。あの二人。本当に玲さんが東京へ行くとも思えないけど、、、」

 イゾンが足だけプールにつけてぴちゃぴちゃと、水を跳ねさせながら言う。
夜のプールがライトアップされていて、ブルーに光っている。

 「わからないですよ。玲ちゃん、思い立ったら、絶対に譲らない所がありますからね。
あの感じはもう、決めたって感じでしたよね」

 カブさんも、プールサイドの椅子に腰をかけ、ビールを美味しそうに飲んでいる。

 「シンジさんはどうなんですか?玲さんが危険を犯してまで東京へ行く事賛成なんですか?」

イゾンが少し俺に怒ったように詰め寄る。

 「別に賛成ではないけど、、、。玲の気持ちがわかるんだよ。
 俺が玲なら東京へ行ってるかもしれない。
そう思うと、難しい、、、」

 「僕は絶対に反対です。玲さんには一日でも長く生きてもらいたい。そんな危険を犯して欲しくはないです」

 イゾンの意見はもっともだ。
絶対に正しい。玲がもし発作をおこして死んでしまったらと考えると、俺は恐怖と不安でいっぱいになる。
 イゾンと同じく、一秒でも長く玲には笑っていて欲しい。

 けれど玲の人生は、玲のものだ。
俺がどうにかするものではない。
 一秒でも長く生きたからといって、玲自身が納得のいかない生き方をしたら、それは無意味のように感じてしまうのだ。

 「怜ちゃんとシンジ君は、感性がとても良く似ていますよね」
カブさんが突然そんな事を言い出すが、俺にはいまいちわからなかった。

 「そうですかね?俺には玲程、物事を良く感じられる感性はない気がしますけど」

 「二人は物事にかんする感じ方が良く似ていると思いましたがね。だから相手の気持ちがよくわかりすぎるんでしょうね」

 そうなのだろうか。
あのはちゃめちゃな玲の気持ちを読むのは至難の業の様に感じるが、挫折したギタリストとしてなら、画家の卵の玲の気持ちはわかる気がした。

 「どちらにせよ。自分で納得した人生を生きるのはとても難しい。
どこかしら、皆んな自分を誤魔化して正当化して人生を歩んでいるんだと思いますよ」

 俺も、自分を誤魔化して正当化させて生きていたら、こんな人生なんかにならなかったのかもしれない。

 「カブさんは、また一から始めて納得した人生を生きるんですね」

イゾンがカブさんに言うと、カブさんは笑いながら俺達に言った。

 「そんな、大それた事じゃないですよ。
砂のお城が破壊されたから、また一から作るようなもんです。野外フェス、あと二日後ですね。私は三日後の午前の船で日本へ戻ります。
シンジさんの再起を楽しみにしていますよ」

 「僕も、シンジさんの大ファンですからね。
目の前の席でうちわ振り回して声援送りますよ」

 「最高のステージにしてやりますよ」

俺がそう言って笑うと、三人でまたビールで乾杯をした。

 絶対にこのフェスだけは成功させたい。
俺の今までの人生全てをぶちこんでやりたいと思っていた。