「いや、わかんないだろ。そんなの」

 「でもその後も、ひきこもりのイゾン君を部屋から出そうと思って必死になったり、普通に良い奴じゃんってなったよ」

 自分が良い奴なんて考えた事もなかったし、良いことをしようなんて、考えた事もなかった。
俺はただ自分の為だけに生きてきた。
 ただここへ来て、俺は大切にしたいと思える物が沢山できた気がする。

 「シンジさん!電話ですよ!東京の人だって!」

 イゾンがロビーから顔を出して俺を呼ぶ。
イゾンとカブさんと熊さんは、三人でトランプをして盛り上がっていた。
 東京の人って………俺がここにいる事を知ってる人は一人しかいない。俺と玲は顔を見合わせる。

 「噂をすれば……だね」

 玲が楽しそうに俺に向かって微笑んだ。

 「もしもし?」

 俺が電話に出ると、受話器から懐かしい声が聞こえてきた。
もう何年も会っていないような、つい最近会ったような、不思議な感覚に落ち行った。

 『シンジ、久しぶりだな。元気にしてるか?』

その声を聞いただけで、懐かしさで何処か安心する事ができた。

 「元気にしてます。綾さんありがとうございました」

 『なんだよ、珍しいな。お前がいきなり俺に礼を言うなんて。気持ち悪いわ』

 そう言って電話の向こうで綾さんが笑う。
新宿の自分の店で、一人タバコを吸いながら俺に電話をしている綾さんが、はっきりと想像出来た。

 『シンジ、その島いい島だろ?行って良かっただろ?』

 「………はい。本当に来れてよかったです。
綾さんのおかげです」

 『お前、気持ち悪いよ。本当に俺の知ってるシンジかよ?えらい素直だな。シンジ、玲と仲良くなったか?』

綾さんがいきなり、玲の事を聞いてきたので少し驚いた。

「ああ、はい」

『面白いだろ、あいつ。本当に小さい頃から変わってるんだよ。なんで、お前をその島に連れて行ったかっていったら、お前に玲を会わせてみたかったんだよ。』

(俺と、玲を会わせたかった?)

綾さんの言葉が少し意外だった。

 『お前と初めて会った時、まだ中学生のガキだったけど、まるで亡霊みたいだったよな?
なんか全てに噛みついて、どうでも良いみたいな態度でさ』

 綾さんと初めて会った時、確かに俺は荒れていた。
 たった一人の家族の母親に出ていかれ、孤独だった。
 この世の中の全てをひたすら恨んでいた。
なんで、自分が産まれたのか意味がわからなかった。

 『久しぶりに今回再会した時はもっと酷かったな。ギターを弾くようになってちょっと生き生きとしてたのに、今度はほぼ死んでんじゃないかって言うような顔してたもんな。お前よく言ってたよな"どうせ一人だからいつ死んでもいい"って』

「はい………」

確かに昔、よくそんな事を言っていた。
俺が死んでも悲しむ人間なんていないから、別にいつ死んでもいいって。

『玲は真逆だろ?産まれた時から病気で、いつも死の恐怖と生きてきた。
辛い手術を何回も乗り越えて、それでも"生きたい"と生きる事に貪欲だ。
玲はこの世界の素晴らしさを誰よりも知っているんだよ。
だから、どんなに辛い事があっても決して生きる事を諦めない』

………綾さんの言う通りかもしれない。
 俺は、外のベンチに座って気持ち良さそうに風を浴びている玲に目を向けた。
 玲は、普通の人間よりもこの世界の素晴らしさを知っている。
だからあんなに綺麗な絵を描く事が出来るのかもしれない。

 『正反対の二人を一度会わせて見たかった。
お互いに良い刺激になるんじゃないかと思ってね。
 玲なら、お前を変えてくれるんじゃないかと思ったんだ。お互い分野は違うが、才能のある同士だ。高め合う関係になって欲しかった』

 「玲は確かに才能があるけど、俺は別に才能なんてないですよ。あったら、既にデビューしてましたよ。」

 『お前、自分の中の才能を自分で信じきらなきゃ意味ないぞ。何も終わっちゃいないんだ。
………また始めるんだよ』


 また始める………。何度でも、何度でも。

 俺はギターを弾きすぎて真っ赤になった指を眺める。

   またやり直したい………。

俺の心の中で消えていた情熱の火が"ボッ"と再び明かりを灯し始めた気がした。