玲はすっかり見た目には元気になった様に、元の生活に戻っていった。
 イゾンも、玲が元気になって嬉しそうにしていたし、今までよりもホテルの雑用を手伝うようになっていた。

 玲に負担をかけないように、玲の身体に気を遣っての事だろう。
カブさんも同じ様に、色々手伝ってくれていた。
俺達はいつのまにか、ここのお客という事を忘れて、まるで家族で暮らしているかの様な気分になっていた。

 たまたま、逃亡してここへやってきた者達が、いつのまにか心を許して、助け合って生活していく。
俺は、今まで感じた事のない充実感を得ていた。
 叶うわけがないが、いつまでもこのままここで、皆んなと生活していきたいと、俺は思っていた。

 「シンジさーん!!トイレ掃除終わりましたー?」

イゾンが俺に呼びかける「後、一箇所で終わりだよ!」俺が叫ぶと、イゾンも大きな声で叫んでくる。

 「終わったら早く庭に来てください!!
芝かるの手伝ってください!カブさんが、腰やられてリタイアです!!」

 今日は、俺がトイレ掃除(一階二箇所と、二階一箇所)担当で、イゾンとカブさんが外まわりの掃除担当だった。
ホテルの庭は、やたら広くて芝を刈るだけでも大仕事だ。

 俺は急いでトイレ掃除を終えて、外へ出るとカブさんがベンチで横になっていた。

 「カブさん大丈夫ですか?ギックリ?」

 俺が声をかけると、カブさんは恥ずかしそうに笑いながら「ギックリまではいかないですが、なんか、ピキッときたみたいです。お恥ずかしい……」と言う。

 「ゆっくり休んでて下さい。俺達で後やるんで」

 そこへ、玲がやってきた。

「やあ、やあ、皆さんご苦労です!!
どうぞ、どうぞ、アイスコーヒー入れたよ!」

 そう言って、外のテーブルにコーヒーを置く。 
玲はよそ行きの服を着て、おしゃれをしていた。
イゾンがすぐに気づいて玲に話しかける。

 「玲さん、これからデート?今日も可愛いですね」

 確かに、花柄のワンピースを着て、髪の色はピンクでお世辞じゃなく、玲は可愛かった。

 「わかる?これから律とデートなんだ、律もうすぐ日本に戻るらしいんだ」

 「それは悲しいですね……せっかく付き合えたのに、遠距離なんて」

 カブさんが、相変わらず寝転びながら玲に言う。

 「そうなんだよねぇ……。でも何故かそこまで悲しくないっていうか、、、」

 「まあ、日本とここは近いですしね!
会いたいって言えばすぐ来てくれますよ!」

 イゾンが玲を励ます。イゾンはいつのまにか、玲を諦めたのか玲の恋の応援をしていた。

「今日は、鬼電してくんなよ」

 俺が玲に言うと、玲が笑いながら言った。

 「しないよ〜。シンジの恋愛アドバイスいまいちだしね」

 「そうそう、俺偉そうにお前にアドバイスしてたけど、普通に恋とかした事なかったわ。
お前の相談にのってて気づいたわ」

 俺がそんな事を言うと、イゾンが疑い深い顔で俺を見てくる。

 「あんな人気バンドで、ボーカルやってたらモテないわけないでしょ。
絶対に彼女沢山いたでしょ?今更純情ぶってもダメですよ」

 「彼女はいたけど、別に好きじゃなかったんだよ。営業っていうか、仕事の一貫として付き合ってただけだった」

 「女の子泣いてますよそれ。
公の場で言わない方がいいですよ。何度も言ってるけど、デリカシー持ちましょう」

 イゾンが腹立つ事を言ってくる。

 「良いじゃないですか。シンジ君の初恋は大切に取っておきましょう」

 カブさんがそんな事を言うと、イゾンも頷く。

「まあ、そんな遠い先じゃないかもしれないですね」

 イゾンがまた、何故かにやにやしてる。

 「あっ!じゃあ私行くね」

玲がそう言って、少し焦ってかけだした。

「玲!」俺はその姿を見て思わず玲に呼びかける。

「何?」

「走るなよ!ゆっくり行けよ。大丈夫だから」

 俺が言うと、玲は頷いて歩いて行く。
俺は、玲の身体の事を無意識に気にするようになっていた。
 また玲の体調が悪くなったらと考えると、少しの恐怖を感じた。
そんな事を考えていると、イゾンがにやにやしてまたこっちを見ている。

「何だよ、気持ち悪いな」

「いや……別に。シンジさん、それより、新しいお店がこの島にオープンしたんだけど行ってみませんか?」