玲にそう言われて、俺はすぐに「連れて行ってくれ」と頼んだ。

 俺はもっと、玲が描く絵が見たかった。
どうして、こんな絵がかけるのか興味があった。

「普段はアトリエには、人を入れないの、クマですら入れない」

 玲がそんな事を言うから、俺は少し驚いた。

「え?そうなの?じゃあなんで俺は入れてくれるの?」

 俺が不思議に思って聞くと、玲は少し考えていた。

「なんとなく、直感かな?
シンジには私の絵を、完成前から見てもらいたいと思ったの。私の絵を理解してくれる気がしたから……」


(……理解?俺が?……。)

 そう言われて、ちょっとプレッシャーを感じたのは事実だ。
素人の俺が見ても、そんな事わかるもんだろうか?
それでも、俺は玲の絵に凄く興味があった。

 玲のアトリエは、ホテルのすぐ裏にあった。
平家の小さな四角い建物だった。

「シンジ、中に入って」

 そう言われて中に入ると、そこには様々な大きさのキャンバスが並んでいた。
 真っ先に油絵の具独特の匂いが鼻につく。
部屋に入ってすぐ、一際俺の目を奪ったのは、部屋の一番奥にある巨大キャンバスだった。
制作途中のようだが、俺の心を鷲掴みにした。
その絵は『夜の絵』だった。

 暗闇の中に、月と光と建物の影が浮かんでいる。
見ていると、どこまでも夜の闇に飲み込まれそうになるが、そこには寂しさや、物悲しさなどの繊細さもあった。
 一枚の絵で、ここまで様々な感情を描ける事に驚いた。
俺は言葉をなくして、一枚一枚、じっくり絵をみていった。

 「そんなじっくり、何を見てるの?
なんか裸を見られてるみたいで恥ずかしくなってきたけど」

 玲が珍しく恥ずかしそうに、俺に向かって言ってくる。

「お前、凄いな。よくこんな絵を描けるな」

 お世辞なんかじゃなく、心からそう思った。

「私にとって絵を描く事は生きる事と同じなんだよ。この小さな島で、自分を表現できるものは絵しかなかったし。私は自分の心のうちを全て絵に込めているんだ」

 絵を描く事は生きる事───
だから玲の絵は、迷いなく大胆で力づよい。
生きるうえでの迷いなど、玲にはいっさいないのかもしれない。

 俺はその後暫くアトリエで、玲の絵を見ていた。
玲がトレーに飲み物を乗せて部屋に入ってきて俺は我に返った。

「ごめん、つい夢中になって長居してたな」

「全然構わないけど、シンジ絵が好きなんだね、意外だ」

 玲がそう言って、持ってきたコーヒーを口にする。

「別に絵に興味は全くない。今までちゃんとした絵画なんてみた事もないし。
けど、玲の絵は何故か好きだと思った。ずっとみていられる」

 俺がそう告げると、玲は何故か柄にもなく恥ずかしそうにしていた。

 「じゃあさ、シンジ、私のファン一号として、あの一番大きな巨大キャンバスの絵が完成したら、シンジに一番に見せるね」

 玲がそう言って微笑んだ。

 「あぁ、楽しみにしてる」

俺はそう言って、また大きな巨大キャンバスの絵を眺める。
 真っ暗で、暗闇を表現している絵のはずなのに、何故か希望の光の様なものを感じられる絵だった。

 俺は、何故か玲の描く絵に自分を重ね合わせ、絶望の中の希望を見つけ出そうとしていた。