(そうか、こうやって優しくされてイゾンは玲に惚れたわけだな……)

「大丈夫だよ。イゾン君、ちょっとずつでいいんだから、部屋の外に出れただけでも凄いよ」

 玲にそう言われて、イゾンは耳まで真っ赤になっている。

 「そうですよ。お目にかかれて嬉しかったですよ。何事もまず一歩初める事が重要なんですよ」

 カブさんまで、そんな事を言い出す。
まるで、俺一人が悪者だ。

 「みなさん。ありがとうございます」

そう言って、イゾンが深々と頭を下げる。

 「いやいや、部屋から出ただけで大袈裟なんだよ!こいつ何もしてないから!」

「シンジ君、イゾン君の手を見てみなさい」

 カブさんが突然俺にそんな事を言ってくる。
言われた通りに俺がイゾンの手を見ると、小刻みに震えていた。

 「彼は今必死に、現実の恐怖と戦っているんですよ。これは、大袈裟な話しではありません。
 自分の部屋では安心した、自分だけの理想空間に居られるから楽なんですよ。
でも、彼は今必死に現実世界にいようと戦っている、これは賞賛に値しますよ」

 カブさんの言葉に、イゾンが少し涙ぐむ。
俺にはちっとも理解できなかった……。
というか、理解しようとしなかった。
 なんで、コイツが部屋から出られないのか。
俺にとったら関係ない、どうでも良い事だったからだ。

 「人はそれぞれ、持っている物が違うんですよ。その中で勝負していかなきゃいけない。
自分のものさしだけで周りを見ていると、大事な物に気づかなくなってしまいますよ」

 カブさんの言葉に、俺はバンド時代の自分を思い出す。

   "絶対に自分だけが正しい"

 そう思って、何も譲らなかった。
自分のものさしだけで全てを決めつけていた。
その結果、皆んな離れて行った。
バンドの成功なんて、あるはずもなく、残った物は底辺の生活。

 俺はちっとも正しくなんかなかったんだろうか。