俺が、キッチンへ戻ると玲がまだいて、明日の朝食の下ごしらえをしていた。

「イゾン君にご飯渡せた?」

 玲が明日の下拵えの人参を切りながら聞いてくる。

「ああ……まぁ渡せたけど。イゾンお前の事好きらしいぞ、あいつと付き合ったら?」

「知ってるよ。でもストーカーだけは勘弁なの。
私は根っからの自由人だから、誰かに束縛されたり、追いかけられたりするのは本当に無理!」

(強盗は良くて、ストーカーはダメなのか?基準がよくわからない)

「俺、玲に間違えられて、抱きしめられたんだけど、またやってくるかもな」

「大丈夫、ウザすぎたらクマにしめてもらうから」

 なるほど。確かにあいつも熊さんにしめられたら、諦めるかもしれないな。

「あと、イゾンの部屋に食事運ぶの面倒だから、明日からこっちに食べにきてもらうから」

 俺がそう言うと、玲が驚いた顔をする。

「えっ?納得したの?イゾン君トイレ以外一歩も部屋を出てないんだよ?
トイレも人と合わないように、膀胱を調節してるって言ってたよ?」

「アホか。そんな事できるわけないだろ。いちいち部屋になんか運んでるから、あいつはつけ上がっていつまでま部屋にひきこもってんだよ。明日は無理矢理でも引っ張り出してくるから」

 玲は、調理を続けながら首をかしげる。

「そんな、上手くいくかな?
イゾン君の親、日本の政治家らしいよ?
だから、イゾン君の事件を隠す為に、イゾン君をこの島へ島流しにしたみたいだけど。
 イゾン君の親はこのホテルにもかなりのお金を入れてくれてるんだよ。だから、大事なお客様なの」

「へぇ〜。いや、俺には関係ないから、いくら大事なお客様でも、引っ張り出してやる」

「まあ、シンジに任せるよ。
イゾン君には、シンジみたいな激しい人の方が向いてるのかもね」

(激しい……俺が?…何処が?)

 自分の部屋に戻って、窓の外を見ると、プールサイドで熊さんがギターを弾いていた。
何の曲だかは、わからなかったが、ゆったりとした南国っぽい心地よい音色だった。

(熊さん、ギター弾くんだなぁ。)

 俺は熊さんがギターを弾いている姿を見て、自分の部屋で埃を被っていた、ギターを思い出す。
俺は結局、ギターを持ってはこれなかった。
まあ、持ってきた所で今更弾く気にもならないが、頭の中に綾さんの言葉が響く。

『ギター辞めんなよ。お前にはギターの才能があるよ』

 自分のすっかり、鈍った指先を見る。
また俺がギターを弾く日がくるんだろうか………。

 俺は頭を振って変な考えを取り払う。
犯罪者の俺が今更何考えてるんだ。
ギターで成功しようなんて、真っ当な夢はもう叶えられない、幻でしかない。

 俺の人生なんてもう終わったようなもんだ。