夕飯の後片付けをして、その後俺は少しプールサイドで涼んでいた。
夜になると、少し涼しい、心地いい風が吹く。
俺は目の前に広がる、漆黒の闇を眺めていた。

 波の音だけが聞こえた。

 俺と同じように、プールサイドで本を読んでいたカブさんが、椅子から立ち上がり自分の部屋へ戻っていく。
その時、少し笑って俺にむかって会釈した。
俺もそれに答えるように、少しだけ会釈する。
 紳士的な振る舞いをするカブさんは、俺の知り合いには絶対にいないタイプなので、やっぱり知らない人だろうと、俺は一人でそう納得した。

 そんな事を考えていると、俺の所へ玲がやってきた。

「シンジ!アイスコーヒー入れたよ!」

 そう言って、玲が俺にグラスを手渡してくる。

「あぁ、サンキュー」

 玲は俺の横の椅子に座り、テーブルに自分のアイスコーヒーを置いて、持ってきたガムシロップを次々に投入していく。

「おまえ、いれすぎだろ!何個入れてんだよ」

「え?6個。だって苦いんだもん」

「コーヒーは苦いもんだろ。苦手なら飲むなよ」

「好きだよ。甘くすれば好きなんだから、好きだよ。コーヒーを苦い物と決めつけるのはよくないよ」

 玲がそう反論しながら、氷をカラカラしながらストローで混ぜる。
そんなに砂糖を入れたら、コーヒーじゃなくてもはやただの、砂糖水だ。
 
「シンジ、カブさんの事見た事あるなぁって思った?」

 玲がいきなり、俺が今思っていた事を言ってくるので驚いた。

「何でわかったんだよ」

「カブさんの顔みて不思議そうな顔してたから、なんとなく思った」

 そう言って玲は美味しそうに、砂糖水をゴクゴクと飲む。

「何処かで、見た事ある気がするんだよ。
何処だっけかな?」

 俺が言うと、玲が楽しそうに俺に向かって指を指す。

「ヒントは、君と同じだよ」

(俺と同じ………?)

 「人間の記憶なんて曖昧だよね。
同じ人間だとしても、居る場所や服装が違うだけで、有名人だとしてもわかりづらい」

 確かに玲の言う通り、朝、玲の髪色が違うだけで一瞬俺は、玲だとわからなかった。

「エルシーコネクトって会社知ってる?」

 玲のその言葉で、俺は直ぐにカブの姿がテレビに出ていた男と繋がった。

「カブって、LCconnect の代表取締役の川上《かわかみ》か?」

俺がそう言うと、玲は腕で大きな丸を作る。

 「正解!決算報告書の有価証券報告書に虚偽の内容を掲載して証券取引法違反?で罪に問われている、川上」

 川上は逮捕される前から、IT関係の上場企業の社長と言う事で、そのセレブぶりがうけて、テレビのニュースやバライティーに出まくっていた。
自身の冠番組まで持つほど人気だったので、川上のこの事件は世間を騒がす大ニュースとなった。

 しかし、川上は逮捕される前に突然姿をくらました。
海外逃亡したと言われていたが、まさかこんな所にいるなんて…………。

 「びっくりした?あんな超有名人がこんな島にいるなんて知って。まあ、私は日本のニュースなんて見ないから、クマから聞いた話しなんだけどね。川上って男も知らなかったし」

「いや、日本では大騒ぎになってるよ。あの川上がこんな島にいたなんて……。ってか、カブって株式の株って事か?」

「そうそう、そうらしい。カブさん自分で決めたんだよ。」

 そう言って、玲が笑う。

「ここ、日本人犯罪者がよく逃亡してくる島なんだよ。日本から近いし。日本語通じるし、ちょっと滞在して、他の国へ逃亡しやすいらしいんだよね」

「俺みたいな奴が、沢山いるって事か。危険だな………」

「うちのホテルなんて、それで持ってるようなもんだよ。観光客なんて少ないからね」

前に、犯罪者を泊めて怖くないかと聞いた時に
「慣れてるから」と言っていたが、そう言う事か……。俺は妙に納得した。


「話し変わるけどシンジ」

玲がいきなり改まって俺に言ってくる。

「何だよ」


「シンジ私の恋人になってよ」