俺は顔を上げて綾さんの顔を見る。綾さんの言っている意味がわからなかった。

 「逃げるって……何処に……」

 俺が言うと、綾さんがカバンの中から札束とパスポートを取り出して、俺の目の前のテーブルに置いた。パスポートは偽装パスポートだった。

 「三百万ある。その金を持って逃げろ」

「……いやっ……そんな事できないです」

 俺がそう言うと、綾さんが俺の顔に近づいて言ってくる。

「お前、ステアリング島って知ってるか?
外国だが、九州から船が出てて、日本から近い小さな島だ」

…‥ステアリング島?……俺は聞いた事のない島だった。

「そこの島へ逃げろ。日本から近いが、海外だから日本の警察は追ってこれない。暫くその島で暮らして、その後また違う国に飛べ。島の人間は、三分の一は日本人だから、住みやすいだろ。そこの島にある『エアロ』と言うホテルを頼れ」

 綾さんは、やたらその島について詳しそうだった。
けれどそんな事可能なのか?
逃げるなんて、しかも海外逃亡なんて……。
俺は今日一日の事態の急展開について行けなかった。ただ頭が真っ白になった。

 「何してんだ。早く行け!今なら九州行きの夜行バスが間に合う。指名手配になる前に日本を出ろ!」

 綾さんがそう言って俺をまくしたてる。
俺は、もう自分で何も考えられなくなっていた。
考えてもどうしたらいいのかわからないのだ。
俺が望んだ通り、俺の人生は本当にめちゃくちゃだ。

 もう綾さんに従うしか手はない。

「綾さん………本当にすみません……。ありがとうございます……」

 俺はなんとか、声を振り絞って頭を下げる。

「お前は、俺がこの世界に引き抜いたんだ、俺が最後まで責任持つ。真二………」

綾さんが俺の顔をあげた。


「ギターを辞めるな。お前にはギターの才能があるよ」


 俺は金を握りしめながらまた涙が溢れてきた。
どんな言葉よりも今俺が欲していた言葉だった。

だって、俺にはギターしかなかったから。
ギターに見放されたら、俺には何もないのだ。