警察署に連行されながらも、考える事は全て玲の事だった。

 玲はあんな状態で、上手くスピーチが出来るだろうか。
緊張して、何も浮かばなくなって困ってはいないだろうか。
俺はこれから先、自分が何処に連れて行かれて、どんな順序をふんで、どうなっていくのか検討もつかなかった。

 けれど不思議と不安はなかった。
どんな風になろうとも、もう全てを受け入れて生きていこうと思っていたからだ。
とにかく再起に向けてスタートがきれた気がして、晴れやかな気持ちでいた。

 警察署に行くまでにだいぶ時間がかかった。
道がかなり渋滞していたのもあるが、途中で違う警察署で車を乗り換えて、別の警察署に連れて行かれ、まずはじめに待合室のような部屋に連れていかれた。

 俺は全て素直に警察の指示通りに従った。
警察も思ったより俺が随分素直なので、少し拍子抜けしていたようだ。
長い間、ベンチが置いてある待合室のような部屋でまたされた。

 俺はする事もなくずっと、置いてあるテレビから流れるワイドショーに目をやっていた。
暫くは、芸能会のゴシップニュースをやっていたが、次に違う内容に移った。

 俺の目に飛び込んできたのは、真っ赤なワンピースに身を包んで、艶やかに笑っている、玲だった、、、。


 『今日、国立の美術館で世界現代美術展の授賞式が行われました。
大賞に選ばれたのは、まだ若干20歳の小岩井 玲さんです』

 玲は初デートの時に買っていた赤いワンピースを着ていた。

あの時に真剣に服を選んでいた玲を思い出す。
これでもない、あれでもないと、なかなか玲は決められなかった。

 玲の後ろには、玲が描いた絵が真っ白な壁に飾られていてスポットライトを浴びていた。
玲はいつもの玲とは違って、大人びた化粧をして、慣れた様にインタビューに答えていた。

 俺はその姿を見て、信じられない気持ちと胸が熱くなった。
玲の作品が沢山の人に見てもらえて、認められている。これは、確かに玲が生きてきた証だ。
自分の書いた絵と、一緒にスポットライトを浴びている玲をみて玲が遠くの人に見えた。
到底朝まで一緒だった人間とは思えなかった。


 玲は今日、世間で名の知れた画家となったのだ。


 俺のような犯罪者と、関係がある事すらよくないと思った。

司会者が玲に向かってインタビューしている。

 『小岩井さんは、参加から一回目で大賞受賞となりまして、芸術性の高さを認められたという事になりますが、今のお気持ちはいかがでしょうか』

 「はい。私は小さな頃から小さな島で独学で絵を描いていましたが、楽しさも勿論ありますが、それよりも怒りや、悲しみ、嫉妬など、置き所のない自分自身の感情を絵に込めてきました。
本当の自分を絵で表現する事で、私は今日まで生きてくる事が出来ました。
なので今日は、神様が私にくれた絵の才能に、心から『ありがとう』と言いたいです」

『本当に素晴らしい才能だと思います。
独特のタッチと表現性は"唯一無二"という風に感じますが、今日は新作も一つもってきて頂いていているようですね?』

俺はそんな話しは聞いていなかったので、少し驚いた。

ここの所新しい絵を描くと、直ぐに俺に見せにきてくれていたのだ。
俺が玲の絵のファンで早く見たいと言っていたからだ。

けれど、新作も見てないし、絵を東京に送ったなんて話しも聞いていなかった。

スタッフの一人がディーゼルにのっている絵の布を剥がした。

その瞬間に現れたのは、人物の絵だった。

 「…………えっ、、、」

俺は思わず声に出した。
俺の心臓が高鳴るようにはやく脈を打った。

 それは、ギターを弾いている男性の絵だった。
うつむき加減でギターを弾いている、、

───俺だった…………。

 いつこんな絵を玲は描いていたんだ?俺は全然知らなかった。


 『タイトルが"待ち人"と言うタイトルなんですが、これは恋人の絵と言うことですかね?』

司会者の女性が少し遠慮気味に玲に質問する。

「はい。…………私の恋人の絵です。

 訳あって、今は離れ離れにいるんですが、"私はずっと待っています"という気持ちを込めて描きました。

 次に会った時に、この絵を彼に渡せるように願掛けのように思いをこめました。伝える事はできなかったんですが、、、」




………待たなくて良いっていったのに。

 元気で生きていてくれればそれだけで良いと思っていたのに、、、。

俺は溢れてくる涙を押さえ込むように腕で顔を抑えた。

 悲しかったわけじゃない。


俺は、本当に本当に嬉しかった。


玲が俺を待っていると言ったからじゃない。


 俺は玲と出会えた事が本当に嬉しくて、奇跡のように感じた。


 胸の奥から熱い気持ちと今まで感じた事のない幸福感が溢れ出て、涙となって流れていた。


 自分の人生において、誰かにこんなに幸せな気持ちにさせてもらえるとは思わなかった。

玲は沢山の光を浴びて満足そうに笑っていた。
玲は自分が望んだ舞台に立つ事ができた。



 そのキラキラとした玲の顔を俺は一生忘れないと思った。



 はみだしてばかりの俺の人生だった。
なんで自分だけ、こんなババみたいな人生なんだと悲観していた。



 でもこれからの人生は、自分でまた一からつくりあげていこう。



 何度だってやり直す、壊れる事を恐れずに。
不運な運命だったとしても、そんなものには自らの手で抗っていこう。



 自分が本当に手にしたいものは最後まで信じ抜く。





 どうかその先に玲がいますように───





俺は願わずにはいられなかった。