『上野〜上野〜』

 新幹線が上野駅に着いた。
俺と玲は今日、上野のホテルに一泊する予定だった。
駅に着いた途端に物凄い人が行き交う。
その光景を見て、玲が息を呑んでいた。

 「もの凄い人だね。これ通常?」

変な聞き方をする玲が面白くて、俺は思わず笑う。
 
 二階建て以上の建物も、車の渋滞も、歩道橋も、大型モニターも玲は見るもの全てが初めてで、新鮮なようだった。
 玲は写真をとりながら、珍しそうにしていた。
島での記憶しかない玲にとったら、都会の喧騒は刺激的に映ったようだった。

 俺も、東京に玲がいること自体がなんだか不思議だった。
俺達はホテルにチェックインして、とりあえず休む事にした。

 長旅で玲も疲れただろうし、明日の朝一で入賞式に行く予定だったので、今日は早めに休みたかった。
玲がホテルのカーテンを開けて、外の景色を眺めていた。

 「綺麗だね。私の知らない世界が沢山あるんだね。確かに東京は空気が濁ってる感じがするけど、活気があっていいなぁ」

 「俺は生まれた時から東京だからなぁ。東京なんてちっとも良いと思わないけど、逆に大自然で育った玲は新鮮なんだろうな」

 「うん。ずっと行きたかったから、夢が叶ったよ。想像よりももっと凄い。私、電車も乗った事がなかったんだよ」

 「確かに、島に電車ってないもんな。それは感動だな」

 「そうでしょ?私は何事においても人より圧倒的に体験量が足りないんだよ。
もっと色々な体験が出来たら、描ける絵も変わっていくと思うんだよね」

 それはそうかもしれない。
けれど、今玲が描く身近にある物の絵もとても魅力があると思う。
というか、玲に描かせれば、どんな題材でも魅力的に変身してしまうだろう。