俺と玲は早朝の船で、この島を出る事になっていた。
俺たちは熊さんと、イゾンを起こさないように静かにホテルを出た。

 まだ薄暗い島に、波の打ち付ける音だけがいやに響く。
玲は、もしもの時の為の酸素ボンベや、発作の出た時の薬など、入念に準備をした。

 東京へは2泊3日の予定で行くが、俺にもしもの事があった時は、折末さんに玲の事をお願いしていた。
 港までの道中、玲は暗い顔をしていた。

 「お前、嬉しくないのかよ。
東京へ行って、お前の絵が飾られているのが見れるんだぞ。」

 「………うん。それはまあ嬉しいけど。
私はシンジと離れるのは嫌だ」

 玲がそういって下を向く。
玲は俺が出頭する事を望んでいないようだった。
玲の身体の事を考えたら、刑務所に入っている間に何があるかもわからない。
この別れが永遠の別れになる可能性だって充分にあるのだ。

 けれど、もしもの話しをしていても仕方ない。
わからない事で不安になって嘆くより、どうせなら希望を持って生きていたかった。
 俺は必ず、あの島へまた戻る。
そして音楽をずっと続けていきたい。
音楽で生きていく夢をもう諦めたくはなかった。

 俺は玲の頭を軽く叩いた。

 「大丈夫だよ。すぐにまた会えるから」

 俺は気休めの言葉しか、かけてやれなかった。
玲の不安など、俺なんかにわかるはずはない。
だから、せめて少しでも安心させてやりたいが、どんな言葉を使えばいいのか最適な言葉が少しも思い浮かばなかった。

 港へ着くと、後ろから声がした。

 「玲さ〜ん!シンジさ〜ん!」

 後ろを振り返ると、イゾンと熊さんが車でこちらに向かってやってきた。
熊さんが港に車を停めるとこっちに向かってきた。

 「もう!水くさいですよ!ちゃんとお見送りぐらいさせて下さいよ!」

 イゾンが少し怒った顔をして言ってくる。
熊さんは「ほれ」と言って、袋を玲に渡してきた。「船で食べろ」ぶっきらぼうにそう言った。
玲は熊さんに勢いよく抱きついた。

 「お父さんごめん。私行くね……でも絶対に帰ってくるから!」

 熊さんは、玲の頭をポンポンして「当たり前だろ」と言った。
 そして、俺の方を向いて「玲を頼むな」と頭を下げた。

 「わかりました………熊さん、長い間本当にお世話になりました」

 熊さんが笑って頷く。

 「シンジさん。忘れないでくださいよ、僕の言った事。必ず僕はシンジさんを推し続けますから!」

 「ちょっと意味わかんないけど、ありがとう」

 船の汽笛が鳴った。出発の合図だった。

 いつのまにか、空は明るくなっていた。
朝焼けが眩しくて、もう船が出る時間だ。
 俺と玲は船に乗り込んだ。
荷物を乗せると、甲板に出て、二人に手を振った。

 「行ってくるね────」

玲が大きな声で叫んだ。
 見ると、高台の方にホテルエアロが見えた。
ここへ来た時とは、まるで違う気分だった。
俺は何故か清々しい気持ちだった。