夜風が涼しかった。
海から少し湿った風が吹いて、昼間の暑かった温度を下げていた。
 熊さんはプールサイドでギターを弾いていた。
大きな熊さんがギターを持つとまるでウクレレのように小さく見えた。
 俺は熊さんの隣のベンチに腰をかけて、熊さんに話しかけた。

 「熊さん、、、話しがあるんですけど」

 熊さんが俺に気がついて、ギターを弾く手を止める。そして俺の顔を見た。
 よく見ると、玲に目が似ている。そんな事を俺は思った。

 「どうした、、、?東京へ帰るのか?」

 熊さんがいきなり俺の言いたい事を当ててきたのでびっくりした。

 「なんで、、、わかったんですか?」

 「玲が東京へ行くって聞かないんだろ?一人じゃ行かせられないと思ったんじゃないか?」

 熊さんは玲が東京へ行こうとしている事も全てわかっていたんだ。

 「それも、ありますけど。俺、日本に帰って出頭しようと思っています。もちろん、玲を送った後に」

 熊さんは何も言わなかった。
ただ一言俺に「そうか、、、」と言った。

 「熊さん玲を止めないんですか?」

俺が聞くと熊さんは静かに首を振った。

 「あいつは止めても行くだろ?
俺は小さな頃からあいつをずっとこの島へ閉じ込めてきたんだ。
 確かにこの年まで生きてこれたが、本当にそれが良かったのかもわからない」

 「熊さんのおかげだと、玲はわかっていると思いますよ」

 「難しい問題だ。特に玲みたいな人間にとっては、、、。
 一日でも長く生きたいのか、自分がやりたい事を例え死ぬかもしれなくても、やった方がいいのか。
 あいつはいつも後者を選んでは俺が諦めさせてきた」

 玲はそうかもしれない。
ただ長く生きるだけが人生の目的ではないのかもしれない。

 「あいつももう二十歳だ。
俺の手を離れなきゃいけない年齢に、とっくになってたんだなぁ。
 いつまでも、あいつの手を引っ張っている事は出来ないと、今回の事で俺も思った」

 玲は熊さんから自立しようとしているという事なのか、単純に今回の事は譲れないだけなのか、俺には玲の気持ちがよくわからなかった。

 「悔いのない人生をなんてよく言うが、そんなもんはないんだよ。
 色々なしがらみがあって、全てを満足にやるなんて事は無理だ。
 間違いながら生きていくしかない。シンジも間違った事に意味を見いだせ」

 熊さんが俺の肩を叩く。
熊さんの手は大きくて暖かかった。
俺は、こんなに大きな人間に出会った事は一度もなかった。
 本当にそう思った。