恋を知った俺は無敵だった。面白いくらいに知ったばかりの恋という感情を演技に反映することができた。収録で演技を絶賛された。いいことの連鎖は続く。プロデューサーの目に留まり、また新しい役のオファーをもらった。レギュラー出演ではなく一話限りの出演だが、重要な役どころだ。
聖奈の方も吹っ切れたようで、投稿する歌のクオリティはさらに上がった。再生数、登録者数ともに伸び率が上がっている。
あっという間に夏休みに入った。夏休みには何度も小学校の屋上に誘われた。朝の暑さがマシな時間帯のうちに日傘をさして屋上に集まって、昼になったら冷房の効いた室内に移動する。蝉の声や風鈴の音をバックにおしゃべりをするだけの幸せな時間。四十五分おきに流れる通常のチャイムも、俺たちの学校とメロディが同じでも音色が違った。
「私さ、秋にオーディション受けるんだ。アニソン歌手募集ってやつ」
毎年大手プロダクションがやっている超大型オーディション。これに勝つことは間違いなく夢への最短ルートだろう。
「応援してる」
今はお互いの夢にとって一番大事な時期だ。だから、恋心を自覚しても告白はしなかった。
午後五時半の最終下校時刻のチャイムのメロディに合わせて校歌を小さな声で口ずさむ聖奈が夏の思い出の象徴だった。好きだという言葉が溢れないようにこの夏の僕は必死だった。
新学期が始まるのと、巴セナの歌の再生数が急に跳ねて、登録者数が一気に倍増したのはほぼ同時だった。この機会を逃すまいと聖奈は毎日投稿をしている。
「あ、聖奈。ちょっといい?」
昼休み、放課後の予定を聞こうとして聖奈を呼び止めた。しかし、聖奈は足を止めることなくそのまま教室から出て行ってしまった。あれ? 無視された? 俺、何かした? 急に不安になった。
しかし、翌日それは俺の杞憂だったと知る。
「修斗、今日一緒に“秘密基地”に行こうよ」
聖奈の方から誘われた。
「毎日投稿あるのに大丈夫?」
「大丈夫! もうできてて予約投稿設定もばっちり!」
聖奈がそう言うので、一緒に小学校の屋上に行った。春にはたくさんいた人たちも、一般開放が何か月も続けば次第に来なくなり今はほとんど見かけない。その影響もあって、聖奈はこの場所を秘密基地と呼ぶようになった。人の声が聞こえなくなり、自然の音だけが聞こえる屋上に寝転んで目を閉じる。
「こうして、綺麗な音の中で目閉じて、音だけを感じてる瞬間って一番幸せだよね」
聖奈の声が上からではなく至近距離から聞こえる。目を開けて隣を見ると、すぐそばに寝転んだ聖奈の顔があった。その状況にドキッとする。距離が近すぎる。
「確かに」
それだけ答えて顔をそむけた。俺にとって一番綺麗な音は聖奈の声だ。いつか街角のラジオから聖奈の歌声が流れるようになったら、それはきっと素晴らしい世界なのだろう。
九月は聖奈に振り回されっぱなしだった。秘密基地での距離が異様に近い。肩が触れるくらいの距離に座り込まれては、耳のいい聖奈に心臓の音が聞こえないかひやひやする。
なのに、教室では避けられている気がする。聖奈から普通のクラスメイトのノリで話しかけられることはあるけれど、こちらから話しかけてもスルーされることもある。
嫌われたのかと不安になるが、この秘密基地でのフレンドリーさ加減から見るとそういうわけではないと思いたい。もしかして、クラスメイトに妙な噂を立てられないように警戒しているのだろうか?
お互い目指しているところは人気商売だ。聖奈はガチ恋勢も多いし、男性声優にはほぼ必ずリアコがつく。そうなるとスキャンダルはご法度だ。
「情報解禁になったから言うけど、明日の『ドクター・ゼータ』に出てます」
「えー! ついにデビューじゃん! おめでとう! え、嬉しすぎるんだけど!」
聖奈が俺に顔を一層近づけて目を見開く、俺の成功を自分のことのように喜んでくれる声には一点の曇りもない。
「実は私も報告があってね、最終選考進出しましたー!」
「すごいじゃん! おめでとう。いつ?」
「十一月の始め!」
オーディションを順調に勝ち進む聖奈と、声優としてデビューした俺。お互い大事な時期だから、気をつかってくれているのだろう。勝手にそう納得した。
十月一日、ついに『ドクター・ゼータ』が放映される。映像、音響、俺たちの演技、すべてが絡み合って一つの作品として世に出る。
画面の中で俺が、いや俺が演じたアルがしゃべっている。今、悩んでいる誰かはアルを見て、アルの声を聞いて何を感じるのだろうか。俺は誰かを救えるのだろうか。かつて泣いていた俺の心を救ってくれた人たちに少しは近づけたのだろうか。
間違いなく俺の人生のターニングポイントとなった三十分はあっという間だった。放送終了後も、しばらくは放心状態だった。
ポケットの中でスマホが振動していることに気づき、我に返る。着信画面には聖奈の名前が表示されていた。
「修斗ぉ! やばかったぁ。めっちゃ泣いたぁ」
通話を繋ぐと聖奈の泣き声が聞こえた。感動した、すごかった……単純な言葉を何度も繰り返された。いつも深い考察をしている聖奈からの、ストレートな感想。嬉しかった。
聖奈の心を動かすことができた。いや、心を動かされたのは俺の方だ。聖奈の言葉は俺にとって最高のモチベーションとなった。
これに胡坐をかくことなく、このチャンスを生かして世界を変える声優になってやる。それが俺の夢だ。そして、その夢への大きな一歩を踏み出した。
「聖奈、明日話があるんだ。秘密基地で会える?」
それにあたって、ちゃんとけじめをつけようと思う。
翌日、学校に行くと何もかもが昨日とは違った。地上波アニメにがっつり出演したとなるとクラスメイトに大騒ぎされた。男子からも女子からも質問攻めに合い、辻浦からは共演した女性声優のサインをねだられた。
「そういうの禁止なんだよ。俺のサインで我慢しとけ。将来値上がりすっから」
「ふうー! 言うねー! かっけえ!」
俺の軽口一つに歓声が上がる。人だかりの後ろの方で聖奈が小さく拍手をしていた。いくらクラスメイトに騒がれようと、俺には聖奈しか見えていなかった。
放課後、先生に捕まって聖奈よりも一本後のバスに乗る羽目になってしまった。
「ごめん、遅くなった」
息切れしながらいつもの屋上に辿り着く。
「ううん、今来たとこ。なんちゃって」
鮮やかできらきらした声で、悪戯っぽく聖奈が笑った。見下ろした校庭には人どころか犬や猫すらいない。屋上に来るまで、校舎内でも誰とも合わなかった。正真正銘の二人きりだ。
誰かが来る前に、俺の決意が鈍る前に言わなければいけないと思った。俺は一日で学校の有名人になった。聖奈もいずれ有名になるだろう。そうしたら、こうして会うことも難しくなる。今日が最後のチャンスかもしれない。
「俺、聖奈が好きだ」
のんびりと腰掛けている聖奈の目の前に立って、静かに告げた。涼しい風が吹き抜けた。まばらに色づいた木々がかすかに揺れた。
「え? 今なんて? よく聞こえなかったんだけど……」
「はぐらかすなよ」
木々のざわめきは俺の声を掻き消すほどのものではなかったはずだ。逃げないでくれ。これ以上俺の心をかき乱さないでくれ。
しゃがんで聖奈と目線を合わせ、改めて言う。
「最初は聖奈の声に惹かれた。聖奈の声は色がついてて、光ってるみたいで、ずっと特別だった。聖奈の歌に心全部持っていかれて、もっと声が聴きたいって思って、気づいたら聖奈のこと追いかけてた」
あの日、聖奈の歌の迫力に頭を殴られたような衝撃を受けた。
「最初は声が聴きたいだけだったのに、めちゃくちゃ話が合うから話してて楽しくて、もっと一緒にいたいって気持ちに変わってた。声だけじゃなくて中身も全部好きになった。誰かのために生きるって夢を持ってるところとか、そのためにまっすぐに努力してるところとか尊敬してるんだ。そんなかっこいい聖奈が、俺の声を褒めてくれたから、俺、この先どんなに辛いことがあっても頑張れる気がした」
聖奈が運命は自分で作るものだと言ってくれたから、俺は運命を手繰り寄せられた。
「今は大事な時期だからお互い恋愛に現を抜かしてる場合じゃないってわかってる。俺たちの夢にとってスキャンダルは致命的になるって知ってる。だから聖奈が俺のこと避けてるのも、俺たちの夢のためだって頭では理解してる」
今日を境に、俺は雑念を捨てる。そのけじめをつけるためにここに来た。
「だから、今すぐに付き合おうなんて言わない。俺たちがお互いもっと実力つけて、ちゃんと夢を叶えて、ちょっとやそっとの恋愛じゃびくともしないくらいビッグになったら、その時は恋人になってくれませんか?」
この気持ちは十年経とうが二十年経とうが変わらない。夢を叶えた未来で、俺は聖奈と恋がしたい。
一秒が永遠にも感じられる。聖奈の答えをじっと待った。こういう時に限っていつの間にか風はやんで、鳥も空気を読んだのかやたら静かだ。
「えー、避けてるつもりなんてなかったんだけどなあ。こういうの慣れてないからなんて答えればいいか分かんないや」
聖奈は肩をすくめて歯切れ悪く言った。視線も泳いでいる。
「だから、はぐらかすなって。イエスかノーかで答えてほしい」
ノーならノーでいい。聖奈が好きになってくれるような立派な男になれるよう努力するだけだ。お互いに夢を叶えた後、改めて告白した時にOKがもらえるような人になればいい。でも、生殺しだけは辛い。
聖奈の指先が俺の両頬に触れた。
「だーかーらっ、修斗が初恋だからこういう時どうしたらいいかわかんないって言ってんの!」
目の前で無数の光が弾けた気がした。聖奈が俺の頬を両手で挟んで顔を引き寄せる。頭が真っ白になる。心臓が壊れそうなくらいにドクドクと鳴り響く。
「だって修斗、私の言いたいこと全部言っちゃうんだもん。私が言うことなくなっちゃうじゃん」
一歩間違えたら唇が触れてしまいそうな距離で、聖奈が頬を赤らめてはにかむ。
「私もまったく同じ気持ち。今は声だけじゃなくて修斗の全部が好き」
半年間俺を魅了し続けた声で、聖奈が俺に「好き」と言った。聖奈の紡ぐ言葉ひとつひとつがリフレインする。
「絶対に二人でこの恋を運命にしようね」
運命は自分で作るもの、聖奈が教えてくれたことだ。俺たちは二人なら無敵だ。
「うん」
気持ちが通じ合った。俺たちの心は最初から一つだった。それだけで十分だ。
キスはしなかった。いつものように肩を寄せ合って、夢が叶った未来に胸をはせながらおしゃべりをする。手を握る代わりに、お互いの小指だけを絡めた。
いつもの秘密基地でいつもと同じように話をする。でも、それは今までで一番幸せな時間だった。指切りの代わりに絡めた小指をずっと離さなかった。あの日、俺に恋心を気づかせた鐘が鳴るまで。
聖奈の方も吹っ切れたようで、投稿する歌のクオリティはさらに上がった。再生数、登録者数ともに伸び率が上がっている。
あっという間に夏休みに入った。夏休みには何度も小学校の屋上に誘われた。朝の暑さがマシな時間帯のうちに日傘をさして屋上に集まって、昼になったら冷房の効いた室内に移動する。蝉の声や風鈴の音をバックにおしゃべりをするだけの幸せな時間。四十五分おきに流れる通常のチャイムも、俺たちの学校とメロディが同じでも音色が違った。
「私さ、秋にオーディション受けるんだ。アニソン歌手募集ってやつ」
毎年大手プロダクションがやっている超大型オーディション。これに勝つことは間違いなく夢への最短ルートだろう。
「応援してる」
今はお互いの夢にとって一番大事な時期だ。だから、恋心を自覚しても告白はしなかった。
午後五時半の最終下校時刻のチャイムのメロディに合わせて校歌を小さな声で口ずさむ聖奈が夏の思い出の象徴だった。好きだという言葉が溢れないようにこの夏の僕は必死だった。
新学期が始まるのと、巴セナの歌の再生数が急に跳ねて、登録者数が一気に倍増したのはほぼ同時だった。この機会を逃すまいと聖奈は毎日投稿をしている。
「あ、聖奈。ちょっといい?」
昼休み、放課後の予定を聞こうとして聖奈を呼び止めた。しかし、聖奈は足を止めることなくそのまま教室から出て行ってしまった。あれ? 無視された? 俺、何かした? 急に不安になった。
しかし、翌日それは俺の杞憂だったと知る。
「修斗、今日一緒に“秘密基地”に行こうよ」
聖奈の方から誘われた。
「毎日投稿あるのに大丈夫?」
「大丈夫! もうできてて予約投稿設定もばっちり!」
聖奈がそう言うので、一緒に小学校の屋上に行った。春にはたくさんいた人たちも、一般開放が何か月も続けば次第に来なくなり今はほとんど見かけない。その影響もあって、聖奈はこの場所を秘密基地と呼ぶようになった。人の声が聞こえなくなり、自然の音だけが聞こえる屋上に寝転んで目を閉じる。
「こうして、綺麗な音の中で目閉じて、音だけを感じてる瞬間って一番幸せだよね」
聖奈の声が上からではなく至近距離から聞こえる。目を開けて隣を見ると、すぐそばに寝転んだ聖奈の顔があった。その状況にドキッとする。距離が近すぎる。
「確かに」
それだけ答えて顔をそむけた。俺にとって一番綺麗な音は聖奈の声だ。いつか街角のラジオから聖奈の歌声が流れるようになったら、それはきっと素晴らしい世界なのだろう。
九月は聖奈に振り回されっぱなしだった。秘密基地での距離が異様に近い。肩が触れるくらいの距離に座り込まれては、耳のいい聖奈に心臓の音が聞こえないかひやひやする。
なのに、教室では避けられている気がする。聖奈から普通のクラスメイトのノリで話しかけられることはあるけれど、こちらから話しかけてもスルーされることもある。
嫌われたのかと不安になるが、この秘密基地でのフレンドリーさ加減から見るとそういうわけではないと思いたい。もしかして、クラスメイトに妙な噂を立てられないように警戒しているのだろうか?
お互い目指しているところは人気商売だ。聖奈はガチ恋勢も多いし、男性声優にはほぼ必ずリアコがつく。そうなるとスキャンダルはご法度だ。
「情報解禁になったから言うけど、明日の『ドクター・ゼータ』に出てます」
「えー! ついにデビューじゃん! おめでとう! え、嬉しすぎるんだけど!」
聖奈が俺に顔を一層近づけて目を見開く、俺の成功を自分のことのように喜んでくれる声には一点の曇りもない。
「実は私も報告があってね、最終選考進出しましたー!」
「すごいじゃん! おめでとう。いつ?」
「十一月の始め!」
オーディションを順調に勝ち進む聖奈と、声優としてデビューした俺。お互い大事な時期だから、気をつかってくれているのだろう。勝手にそう納得した。
十月一日、ついに『ドクター・ゼータ』が放映される。映像、音響、俺たちの演技、すべてが絡み合って一つの作品として世に出る。
画面の中で俺が、いや俺が演じたアルがしゃべっている。今、悩んでいる誰かはアルを見て、アルの声を聞いて何を感じるのだろうか。俺は誰かを救えるのだろうか。かつて泣いていた俺の心を救ってくれた人たちに少しは近づけたのだろうか。
間違いなく俺の人生のターニングポイントとなった三十分はあっという間だった。放送終了後も、しばらくは放心状態だった。
ポケットの中でスマホが振動していることに気づき、我に返る。着信画面には聖奈の名前が表示されていた。
「修斗ぉ! やばかったぁ。めっちゃ泣いたぁ」
通話を繋ぐと聖奈の泣き声が聞こえた。感動した、すごかった……単純な言葉を何度も繰り返された。いつも深い考察をしている聖奈からの、ストレートな感想。嬉しかった。
聖奈の心を動かすことができた。いや、心を動かされたのは俺の方だ。聖奈の言葉は俺にとって最高のモチベーションとなった。
これに胡坐をかくことなく、このチャンスを生かして世界を変える声優になってやる。それが俺の夢だ。そして、その夢への大きな一歩を踏み出した。
「聖奈、明日話があるんだ。秘密基地で会える?」
それにあたって、ちゃんとけじめをつけようと思う。
翌日、学校に行くと何もかもが昨日とは違った。地上波アニメにがっつり出演したとなるとクラスメイトに大騒ぎされた。男子からも女子からも質問攻めに合い、辻浦からは共演した女性声優のサインをねだられた。
「そういうの禁止なんだよ。俺のサインで我慢しとけ。将来値上がりすっから」
「ふうー! 言うねー! かっけえ!」
俺の軽口一つに歓声が上がる。人だかりの後ろの方で聖奈が小さく拍手をしていた。いくらクラスメイトに騒がれようと、俺には聖奈しか見えていなかった。
放課後、先生に捕まって聖奈よりも一本後のバスに乗る羽目になってしまった。
「ごめん、遅くなった」
息切れしながらいつもの屋上に辿り着く。
「ううん、今来たとこ。なんちゃって」
鮮やかできらきらした声で、悪戯っぽく聖奈が笑った。見下ろした校庭には人どころか犬や猫すらいない。屋上に来るまで、校舎内でも誰とも合わなかった。正真正銘の二人きりだ。
誰かが来る前に、俺の決意が鈍る前に言わなければいけないと思った。俺は一日で学校の有名人になった。聖奈もいずれ有名になるだろう。そうしたら、こうして会うことも難しくなる。今日が最後のチャンスかもしれない。
「俺、聖奈が好きだ」
のんびりと腰掛けている聖奈の目の前に立って、静かに告げた。涼しい風が吹き抜けた。まばらに色づいた木々がかすかに揺れた。
「え? 今なんて? よく聞こえなかったんだけど……」
「はぐらかすなよ」
木々のざわめきは俺の声を掻き消すほどのものではなかったはずだ。逃げないでくれ。これ以上俺の心をかき乱さないでくれ。
しゃがんで聖奈と目線を合わせ、改めて言う。
「最初は聖奈の声に惹かれた。聖奈の声は色がついてて、光ってるみたいで、ずっと特別だった。聖奈の歌に心全部持っていかれて、もっと声が聴きたいって思って、気づいたら聖奈のこと追いかけてた」
あの日、聖奈の歌の迫力に頭を殴られたような衝撃を受けた。
「最初は声が聴きたいだけだったのに、めちゃくちゃ話が合うから話してて楽しくて、もっと一緒にいたいって気持ちに変わってた。声だけじゃなくて中身も全部好きになった。誰かのために生きるって夢を持ってるところとか、そのためにまっすぐに努力してるところとか尊敬してるんだ。そんなかっこいい聖奈が、俺の声を褒めてくれたから、俺、この先どんなに辛いことがあっても頑張れる気がした」
聖奈が運命は自分で作るものだと言ってくれたから、俺は運命を手繰り寄せられた。
「今は大事な時期だからお互い恋愛に現を抜かしてる場合じゃないってわかってる。俺たちの夢にとってスキャンダルは致命的になるって知ってる。だから聖奈が俺のこと避けてるのも、俺たちの夢のためだって頭では理解してる」
今日を境に、俺は雑念を捨てる。そのけじめをつけるためにここに来た。
「だから、今すぐに付き合おうなんて言わない。俺たちがお互いもっと実力つけて、ちゃんと夢を叶えて、ちょっとやそっとの恋愛じゃびくともしないくらいビッグになったら、その時は恋人になってくれませんか?」
この気持ちは十年経とうが二十年経とうが変わらない。夢を叶えた未来で、俺は聖奈と恋がしたい。
一秒が永遠にも感じられる。聖奈の答えをじっと待った。こういう時に限っていつの間にか風はやんで、鳥も空気を読んだのかやたら静かだ。
「えー、避けてるつもりなんてなかったんだけどなあ。こういうの慣れてないからなんて答えればいいか分かんないや」
聖奈は肩をすくめて歯切れ悪く言った。視線も泳いでいる。
「だから、はぐらかすなって。イエスかノーかで答えてほしい」
ノーならノーでいい。聖奈が好きになってくれるような立派な男になれるよう努力するだけだ。お互いに夢を叶えた後、改めて告白した時にOKがもらえるような人になればいい。でも、生殺しだけは辛い。
聖奈の指先が俺の両頬に触れた。
「だーかーらっ、修斗が初恋だからこういう時どうしたらいいかわかんないって言ってんの!」
目の前で無数の光が弾けた気がした。聖奈が俺の頬を両手で挟んで顔を引き寄せる。頭が真っ白になる。心臓が壊れそうなくらいにドクドクと鳴り響く。
「だって修斗、私の言いたいこと全部言っちゃうんだもん。私が言うことなくなっちゃうじゃん」
一歩間違えたら唇が触れてしまいそうな距離で、聖奈が頬を赤らめてはにかむ。
「私もまったく同じ気持ち。今は声だけじゃなくて修斗の全部が好き」
半年間俺を魅了し続けた声で、聖奈が俺に「好き」と言った。聖奈の紡ぐ言葉ひとつひとつがリフレインする。
「絶対に二人でこの恋を運命にしようね」
運命は自分で作るもの、聖奈が教えてくれたことだ。俺たちは二人なら無敵だ。
「うん」
気持ちが通じ合った。俺たちの心は最初から一つだった。それだけで十分だ。
キスはしなかった。いつものように肩を寄せ合って、夢が叶った未来に胸をはせながらおしゃべりをする。手を握る代わりに、お互いの小指だけを絡めた。
いつもの秘密基地でいつもと同じように話をする。でも、それは今までで一番幸せな時間だった。指切りの代わりに絡めた小指をずっと離さなかった。あの日、俺に恋心を気づかせた鐘が鳴るまで。



