女である香月が玄家の次期当主として生きられるのは、浩然の指名によるものだ。

 次期当主になるのには性別は関係ない。
 もっとも優れている玄家の直系が継ぐべきである。

 浩然の時代の流れや世間の目を気にしない考え方は、玄家の中でも異質だ。しかし、それは時間をかけてゆっくりと浸透していき、今では香月こそが次期当主にふさわしいのだと誰もが考えるようになっていた。

「香月。父はお前に新たな修練を課さねばならない」

 浩然は悩みに悩んだ結果、玄家の為を思い、断腸の思いで決断を下した。

「はい。父上。父上の望み通り、修練を乗り越えてみせましょう」

 香月は迷わずに返事をした。

 浩然の言葉に疑いを持たない。浩然の悩みの種を取り除くのは、優れた者の役目であり、それに選ばれたのは誇らしいことだった。

「後宮の裏に潜む鼠の狙いは皇帝陛下の首だ」

 それは玄家の人間を使い、調べ上げたことなのだろうか。

 それとも、玄浩然を信用している皇帝直々に伝えられたことなのか。

 ……翠蘭姉上はその鼠に齧られたのか。

 鼠と呼ばれるのは皇帝に反乱の意を抱いている臣下の者だ。

 後宮妃の中に家の方針に従い、皇帝を殺めようとしたところを翠嵐が目撃をしてしまったのか。それとも、李帝国の守護神である結界の力を弱める為、翠蘭の命が狙われたのだろうか。

 どちらにしても、穏やかではない。

 不穏な気配が立ち込める中、浩然は判断を迫られていた。

「玄香月」

 浩然はその名を胸に刻むように香月を呼んだ。

 最愛の娘に告げたくもない言葉を言わなくてはならない。それを堪える父親の顔をしていた。

「大恩ある先代の御子を守れ」

 浩然の言葉に対し、香月は頭を下げた。

「はい。父上。私にお任せください」

 香月は反論をしない。

 浩然の命令は絶対だ。それに逆らう選択肢は香月に存在しなかった。

「……香月をくれてやるつもりなど、私にはなかったんだがな」

 浩然はため息を零す。

 玄家の直系の中には、香月に力は及ばないものの、それなりに気功を操ることができる女性がいる。玥瑶の次女でもよかったはずだ。