後宮妃は木犀の下で眠りたい

「……愛とは醜いものだな」

 俊熙は玄武宮から連れ出された藍洙と昭媛宮の侍女たちを冷めた目で見ながら、静かに呟いた。

「愛は感情そのものでございますから。様々な面が見えるのでしょう」

 香月は淡々と答える。

 そこに感情は籠っていなかった。

 ……黄昭媛の性格の変わり方は病だ。

 恋の病と呼べば聞こえはいいだろう。しかし、恋に溺れて正気を手放してしまった者は心の隙を生み出す。それを利用されてしまったのだろう。

 香月は藍洙の本来の性質を知らない。

 だからこそ、感情の起伏が激しい状態を見ても驚きはしなかった。

「座るといい。あのようなものを見て疲れただろう」

 俊熙は茶会用に準備された椅子に座る。
 それに対し、香月は軽く頷いてから席に着いた。

「黄藍洙はあのような人柄ではなかった」

 俊熙は語る。

 藍洙の必死の声には答えなかったが、藍洙の存在を忘れていたわけではない。

 雲婷が新たに用意をした茶器に手を伸ばし、疑うことなく、茶を口にした。毒見役を連れて来ないのは香月を信用しているからなのか、それとも、香月ならば殺されてもいいと思っているからなのか、わからない。

「あれは酷い嫌がらせを受けていてな。……少しは後宮で生きやすくなるかと思い、空いていた妃の席に座らせてやったんだ」

「その話は本人にはされましたか?」

「当然だ。権力に欲をかかず、己の平穏だけを願えと伝えた」

 俊熙の言葉を聞き、香月は頭を痛めた。

 ……伝わるわけがない。

 言葉が足りなかった。
 そして、藍洙の願う平穏とは恋が実ることであった。危機から救い出してくれた人に恋をし、その恋が叶う立場を与えられたと考えたのだろう。

 ……同情さえしてしまうな。

 翠蘭を死に追いやった相手だと知りながらも、同情をしてしまう。

 ……恋心の苦しさは知っている。

 香月は初恋を諦めた。

 何年も昔の記憶だ。身分の差を超えられないと知った時に恋心を捨て、淡い思い出として香月の心の中に今も残っている。