後宮妃は木犀の下で眠りたい

 藍洙は用意された菓子に手を伸ばし、そのまま、無遠慮に菓子を頬張る。まるで菓子を食べるのが久しぶりの子どものようであった。

「愛は幸せなのよ」

 藍洙は持論を語る。
 それ以上の幸せを知らないとでもいうかのようだった。

「愛する人にふさわしくなる為なら、私はなんだってできるの。その勇気をもらえたのも、すべて、陛下を愛しているからこそよ」

「陛下を愛しているからこそ、呪術に手を出したとでも?」

「ええ。そうよ。それのなにがいけないというのかしら?」

 藍洙は迷うことなく肯定した。

 ……やはり、呪術がどのようなものなのか、知らないようだ。

 愛を実らせる手段の一つとでも教え込まれたのだろう。単純な性格をしている藍洙は、侍女の言葉を信じてしまったのに違いない。

 ……怪しいのは文を寄越した侍女か。

 藍洙の背後に立ち、素知らぬ顔をしている陽紗に視線を向ける。そうすると、 陽紗はなにも動かず、全責任を藍洙に押し付けるつもりのようだった。

「呪術は素晴らしいわ」

 藍洙の言葉に香月は眉を潜めた。

 ……手遅れか。

 呪術に魅入られた者は破滅をしても呪術に手を染める。
 哀れな最期を迎える瞬間も呪術を使うことができなくなったことを嘆き、自身の死を受け入れようとはしない。そんな姿を香月は思い出していた。

「翠蘭は死んだのよ」

 藍洙は正常な判断ができていない。
 自身の思いのままに語り始める。

「これで私が賢妃に選ばれると思っていたのに。陛下は私ではなく、玄家の人間を呼び寄せた。私はね。それがどうしても許せないの」

 藍洙は菓子をかじりながら語る。

 常識を備えていないのか。それとも、呪術の影響により正常な判断ができていないのか、わからない。しかし、後宮妃たちが定期的に開催しているはずの茶会に呼ばれていない理由の一つが、藍洙の非常識な振る舞いだろう。

 藍洙は後宮の中で孤立していた。

 九嬪の中で三番目に位が高く、昭媛という立場にいながらも、後宮妃たちから疎まれるのは異例のことだ。
 そのことに藍洙は気づいていない。