後宮妃は木犀の下で眠りたい

「賢妃様は陛下を愛していないのね」

 藍洙は口元を手で隠しながら笑った。
 先ほどまで動揺していたとは思えないほどの余裕だ。

 ……まずいな。

 精神不安定が進行している。

 それは藍洙が後宮に来る前からなのか、それとも、呪術の影響なのか、わからない。しかし、香月では対処できないほどに進んでいた。

 香月は俊熙を愛していないと公言していない。

 しかし、藍洙には自分の都合よく聞こえてしまったのだろう。

「愛されない女は賢妃になるべきじゃないわ。あの女と同じよ。蟲毒よりも酷い目に遭いたくなければ、山の奥に帰りなさいな。この田舎娘が」

 藍洙は語る。

 自身の方が有利に立っていると信じて疑わない。

「愛というものを私は知らないのでな」

 香月は嘘を吐いた。

 家族から愛されて育ち、侍女や部下から敬愛されてきた。幼馴染と別れる時には不思議と胸が痛み、それが初めて抱いた恋心というものだったのかもしれない。

 藍洙の勘違いを否定せず、藍洙の考えは正しいのだと勝手に思い込むように誘導するだけでよかった。簡単に物事が進んでいくのは、暴走をしている藍洙を見ているだけでなにもしない昭媛宮の侍女たちの影響も大きい。

 ……やはり、侍女の中に道士の駒がいるな。

 実行役は藍洙だろう。

 しかし、知識のない藍洙を利用している侍女がいるはずである。

 ……そこまで炙り出せればいいが。

 逃げられる前に捕縛しなければならない。

 香月は視線を明明に向ける。それだけで明明に意図が伝わり、周囲に気づかれないように視線を一瞬だけ下に向けて肯定した。頷くよりも視線を動かす方が相手にわかりにくいからだ。

「ぜひとも、話を聞かせてくれないか」

 香月は問いかける。

 それに対し、藍洙は笑った。

「いいわ。教えてあげましょう」

 藍洙は堂々とした振る舞いで歩き出し、椅子を自分で引いて座った。

 茶会の席の常識を知らないのだろう。今まで誰にも招待されたことがなかったのかもしれない。