後宮妃は木犀の下で眠りたい

「彼女はどうなされたのです。姿が見えませんが」

 藍洙はここで負けるわけにはいかなかった。

 わざとらしく周囲を見渡し、小鈴がいないのを確認する。その動作は洗練されたものではなく、本当にこの場にいないのか、確認をしただけのようにも見えた。

 藍洙は知らないのだろう。

 小鈴が自らの意思で命を絶つことにより、孫家に与えられる報復を最低限に収めようとしたことなど想像もしていないのに違いない。

「まさか! 賢妃ともあろうお方が、あの小さな娘に罰をお与えになりましたの?」

 藍洙は自分が小鈴にしたことを棚に上げて話を始める。

 静かに話を聞いているように見える香月の姿に気をよくしたのだろう。

「なんて、残忍なお方! あのような幼い娘の間違い一つも許してやらないなんて! そのような器の狭いお人がよくも陛下の寵妃などと恥ずかしげもなく言えたものですわ!」

 藍洙は自らの失態に気づいていなかった。

 圧をかけられて焦っていたのかもしれない。そこでわざとらしく見せられた相手の弱みを掴みとり、優位に立てたと思い込んでいる。

 その哀れな姿に香月は笑いそうだった。

 ……墓穴を掘ったか。

 策略をする必要すらもない。

 後宮では醜い人同士の争いごとばかりだと覚悟をしていたものの、藍洙の愚かな姿は呆れを通り越して笑いさえ生まれてくる。

「孫小鈴は死んだ」

 香月は事実を告げる。

 小鈴の死因は告げず、ただ、この世にはもういないのだと告げた。

 それだけで藍洙の顔色が変わった。

 ……さて、どこまで自白するか。

 顔色を隠せない後宮妃は後宮では役に立たない。

 皇帝の所有物であるという自覚をしながらも、家の為に情報を流し、時には諜報員のような真似さえもしなければならない。

 後宮は生き地獄だ。

 そのような場所で藍洙のように、自分の感情に素直に生きている者はいない。

 藍洙の顔色は真っ青に変わる。体も震えており、取り返しのないことをしてしまったのだと自白をしているのも同然だった。