後宮妃は木犀の下で眠りたい

 その気になれば歩いて帰ることもできるはずだ。

「壺と一緒に文が届きましたので」

 陽紗はわざとらしく割れた壺の破片を避けながら、一緒に投げ込まれていた文を手にとった。それを藍洙に差し出す。

「賢妃様からの文と思われます。どうぞ、ご確認ください」

「読み上げてちょうだい」

「それはできません。賢妃様からの文を侍女が読むなど恐れ多いことです」

 陽紗は淡々とした口調で拒絶した。

 それに対し、藍洙は呆れたような顔をしながら文を奪い取った。

「……はぁ?」

 藍洙は一筆書かれただけの文を読んで嫌そうな顔をした。

「翠嵐は自死だと報告されたのではないの?」

「翠嵐妃は自死でしょう。証拠がないのですから」

「それなら、これはどういうこと!? 蟲毒の壺は撤収したと言っていたじゃないの! なにか証拠を残すような真似をしたのではないでしょうね!?」

 藍洙は文を陽紗に押し付けた。

 陽紗は文の内容を確認する。その表情はなにも変わらない。

「撤収はさせました」

 陽紗は証拠を残すような失敗をしない。

 宦官の捜査の手が伸びる前に、翠嵐を追い詰めたすべての嫌がらせを撤収させた。それにより、証拠不十分となり、藍洙は容疑者に浮上しなかった。

「言いがかりでしょう」

 陽紗は根拠もなく断言した。

「しかし、恐れ多くも昭媛様を挑発しようと考えたようです」

 陽紗は視線を小鈴に向ける。

 その眼は虫を見るような冷たいものだった。

「それでしたら、あえて挑発を返すのはいかがでしょうか? ここが北部の山奥ではなく、女の園である後宮なのだと理解させるのには、もっとも効率が良い方法かと思います」

 陽紗は傍に控えていた侍女を手招きし、紙と筆を用意させた。

 まるでこうなることがわかっていたかのような手際の良さだった。

「その提案に乗ってあげるわ。陽紗、贈り物に文を巻き付けてやりなさい。その後は誰かに玄武宮に届けさせなさい。私はもう休むわ。後始末くらいは侍女らしくしておきなさいよ」

 藍洙は文字を書けない。

 そのことを知っているのは昭媛宮の侍女たちだけだ。