後宮妃は木犀の下で眠りたい

 藍洙は後宮の人間を信じない。
 しかし、皇帝の寵愛は誰よりも欲しかった。同情で得ただけの地位だと理解していたものの、皇帝の寵妃であるかのように振る舞い、意図的に噂を広めた。

 そうすれば、もう一度、皇帝が会いに来てくれると信じていた。

 それ以外の心の拠り所がなかった。

「私を思っての提案ではないのでしょう」

 藍洙は幼い子どもではない。

 陽紗が藍洙に対して忠誠心を抱いていないことも、藍洙のことを見下し、陽紗を昭媛宮に送り込んだ本当の主人に情報を横流ししていることも、藍洙は気づいていた。

 それなのにもかかわらず、陽紗の提案に耳を貸すのには理由がある。

 陽紗以外の侍女は、藍洙とまともに言葉を交わそうともしない。

 藍洙が主人であるはずの昭媛宮で会話をしてくれるのは、陽紗だけだった。

 だからこそ、利用されているだけだとわかっていながらも、陽紗の意見を取り入れてきた。いつの日か、陽紗が藍洙を主人と認めてくれる日がくるかもしれないと夢を見ていたのかもしれない。

「でも、いいわ。柳陽紗が私の侍女なのには変わりはないもの」

 藍洙は視線を小鈴に向ける。

「お前に一度だけ挽回の機会をあげるわ」

 藍洙は返事ができる状態ではない小鈴に笑いかける。

 小鈴に触れることはない。放り出してしまった杖を拾うこともせず、背中にクモが乗ったままの小鈴に対し、一方的な言葉を投げかける。

 小鈴の返事は必要なかった。

 玄武宮の裏切り者である小鈴には居場所がない。藍洙はそれに気づいていたからこそ、笑いかけたのだ。

「玄武宮に戻りなさい。そして、賢妃に伝えるのよ。呪い殺されたくなければ、山の向こうの実家に引きこもっていなさいとね」

 藍洙は玄家の正確の場所を知らない。

 地理を習うことをしなかった。

「陽紗。適当な侍女に命じて、これを玄武宮に送り届けなさい」

「文はお付けになりますか?」

「文? これには口があるのに文字まで必要なの?」

 藍洙は鼻で笑う。

 小鈴は杖刑に処されたものの、十回程度殴られただけだ。殴られた場所は痣になっているだろうが、藍洙の力では骨が折れるほどではないだろう。