後宮妃は木犀の下で眠りたい

 何度も杖で殴られた玄武宮の侍女は息はあるものの、痛みで身動きがとれず、逃げられなかった。
 その状況を陽紗は冷たい目で見ていた。

 他の宮ならば、血相を変えた侍女たちが妃賓を助けに向かうことだろう。敬愛する主人の為ならば命を投げ出すことを厭わないのは、侍女たちにとっては普通のことである。

 陽紗は違った。

 藍洙に対して敬意を抱いていない。それどころか、情の一つも抱いていない。

 悲鳴あげて助けを求められても、それに応えることはない。

「昭媛様。玄賢妃の仕打ちでしょう。侍女の返却をされるべきではないでしょうか」

「そんなことを言っている場合じゃないでしょう!? 早く、この、虫たちをどうにかしてちょうだい!」

「お断りいたします」

 陽紗は藍洙を助けるつもりはない。

 主人の命令に従わない侍女は陽紗だけではない。昭媛宮の侍女は何人もいるが、誰一人、藍洙の悲鳴を聞き、駆け付けることはなかった。

「蟲毒は呪詛返しの可能性が高い危険な呪術です。呪詛返しに巻き込まれたくはありませんので」

 陽紗の言葉を聞き、藍洙の顔色が変わった。

「そんなに危険なものを私にさせたというの!?」

 藍洙は香月の推測通り、なにも知らなかった。

「陽紗! 貴女は私に言ったわよね!? これは嫌がらせになる簡単な呪術だって! 誰にもできるものだと言ったじゃないの! 主人に嘘を吐いたというの!?」

 虫まみれになっていることを忘れたかのように、藍洙は叫んだ。
 それに対し、陽紗は顔色一つ変えなかった。

「なんとか言いなさいよ!」

 藍洙は感情の高ぶりを抑えられなかった。

 その怒りは、殴られた痛みに耐えることしかできない玄武宮の侍女にも向けられる。

「貴女も私を騙したのでしょう!?」

 藍洙は誰も信じられなかった。

 藍洙が送っている金品で今まで通りの生活を続けている家族にも頼れず、侍女たちは藍洙を見下しており信用ができない。それならば、他の宮の侍女も同じだろうと決めつけていた。