本来、私刑を行うのは侍女や雇われた下女の役目なのだが、陽紗はそのことを藍洙に教えるつもりはなかった。

「そうなのね」

 藍洙は杖を握りしめる。
 木の棒を削っただけの杖は掴みにくい。藍洙の手のひらに木のトゲが刺さってもおかしくはないほどの荒削りの粗悪品だ。

「貴女がいけないのよ。私の命令を守れないから」

 藍洙は丸くなりながら震えている玄武宮の侍女に向かって、杖を振りかざした。

「ひぐっ」

 殴れた侍女は醜い悲鳴をあげる。

「うるさいのよ!」

 一度、やってしまえば後には引けなかった。

 藍洙は何度も何度も杖を振り下ろし、侍女を殴打する。自分の権力に酔いしれるような妙な快感だった。

「いぐっ! うぐっ!」

 殴られるたびに聞こえる侍女の悲鳴は、藍洙を高揚させた。

 ここでは藍洙の行動は正しい。味方となる侍女がいなくても、藍洙は自分一人でなんでもできるような気がしてきた。

「は、ははっ。私の命令に従わないから――」

 藍洙は侍女を足蹴りした。

 その時だった。藍洙のすぐそばに壺が落ちてきた。

 前触れもなく落ちてきた壺を受け止める人はいない。真っ逆さまに落ちてきた壺の蓋は外れ、先に地面にぶつかり、割れた。壺の中身は藍洙に降り注ぐかのように降ってきた。

 ムカデやクモ、トカゲが降り注ぐ光景は異常だった。

 仕上げだと言わんばかりに投げ入れられた壺は地面にぶつかり、大きな音を立てながら粉々に砕かれてしまった。

「ひ、ひやあああああああああっ!!」

 藍洙は手にしていた杖を投げ出して、悲鳴をあげる。

 一足先に逃げていた陽紗の視線は鋭く、壺を投げ入れたであろう昭媛宮の屋根に向けられていたものの、既に人影はなかった。

「陽紗! 陽紗! なんとかしなさい!」

 藍洙はまとわりつくクモを追い払おうと両手を大げさなまでに振りながら、陽紗に助けを求める。