後宮妃は木犀の下で眠りたい

 藍洙の育ちは後宮では誰もが知っている。
 それは藍洙が打ち明けたわけではない。

 落ちぶれた名家として黄家は名が知れ渡っており、昭媛の位を得た今も藍洙は妃賓の中では笑いものにされていた。

「むち打ちの刑に処しなさい!」

「昭媛様、むち打ちは官刑になります。後宮妃の私情ではできません」

「それなら、この者に罰を与えなさい!」

 藍洙は知識を得る機会に恵まれなかった。

 昭媛となり勉学に励む機会はあったものの、それは妃賓のするべきことではないと侍女に言い包められ、そういうものなのだと受け入れてしまっていた。

 昭媛宮の侍女は藍洙に忠誠を誓っていない。

 昭媛宮の侍女は他の妃賓から差し出された者たちばかりだ。それは藍洙の監視や妨害をすることが目的であり、藍洙の言動はすべて横流しされている。そのことに藍洙は気づいていなかった。

「杖刑はいかがでしょうか」

 陽紗は事前に準備をしていた木の棒で作られた杖を藍洙に差し出した。

「昭媛様。貴女様の怒りを存分に晴らしてくださいませ」

 陽紗はそれが正しい行いだというかのように杖を藍洙に握らせた。

 妃賓による私刑は珍しいものではない。行き過ぎた言動は窘められるものの、それを行ってはいけないという決まりはない。

 女性だけが集められた後宮では日常の一部に過ぎない。

 それを藍洙も知っている。

「……私がやるの?」

 藍洙は握らされた杖に視線を落とした。

 木の棒を削っただけの杖で殴られたら痛いだろう。殴られた場所が悪ければ命を落とすかもしれない。

 そういう罰なのだということは、藍洙は身をもって知っている。

 下女だった頃、目障りだという理由だけで杖刑にされたことがあった。それを指示していた妃賓の顔を今も忘れることはできない。藍洙が昭媛になった後もその妃賓とは不仲のままである。

「当然でしょう」

 陽紗は言い切った。

「貴女様の為に申し上げているのです。貴女様がしないというのならば、その者には罰を与えなくてもいいということでしょう?」

 陽紗は藍洙の意見を聞く前に断言した。

 それは藍洙の選択肢を奪う行為だということに、藍洙は気づいていない。