「要件は? この時間だ。急を要することなのだろう?」

 香月は嫌な予感がしていた。

 三年前、遠目で見ただけの翠嵐を思い出したのもなにかの前兆である気がして仕方がなかった。

 雲嵐は視線を地面に落とした。

 要件を告げなければならないとわかっていながらも、口にすることさえも憚られるような出来事が起きてしまったのだろう。

「……翠蘭お嬢様がお亡くなりになられました」

 雲嵐の言葉は冷たいものだった。

 早馬で訃報の知らせが届いたのだろう。それでも、李帝国の最北端に位置する玄家に届くまでには一週間はかかる。

 賢妃の死を確かめる時間を含めれば、翠蘭が亡くなったのは二週間以上も前だろう。

 ……四夫人の死は世間を乱れされる。

 まもなく、賢妃の座に玄家の女性が座ることになるだろう。

 四夫人の一角を空席のままにしておくわけにはいかない。

 しかし、九嬪の誰かが四夫人の座に収まることはできない。

 李王朝の初代皇帝の代から四夫人は必ず四大世家から輩出するように、定められている。

 その定めを破れば、災いが降り注ぐ。

 そうなれば、李帝国は滅びの道を歩むことになりかねない。

「そうか」

 香月は夜空を見上げた。

 綻びを隠せなくなった結界に気づいている者は少ないだろう。

 四夫人の一角である翠蘭の命が消えたのにもかかわらず、今になって結界に綻びが生じたのには理由があるはずだ。

 ……気功をすべて使い果たしたのだろうか。

 守護結界の綻びを直そうと試みたのか。

 それとも、何者かに唆されて玄家の一員としての意地を見せようとしてしまったのか。どちらにしても、翠嵐は利用されたのだろう。

 ……哀れな人だ。

 翠蘭はなにを思いながら、その命を終わらせたのだろうか。

 故郷に取り残された唯一の肉親である母を思っていたのか。それとも、母を人質にした父親を恨んでいたのかもしれない。
 どちらにしても、翠蘭が望む結末ではなかったはずだ。