「あれでは完成はしない」

 香月は断言をした。

 蟲毒は呪いだ。適切な処理と対処をしなければ、蟲毒を用いた術者に跳ね返る危険な呪術である。

「呪術として成立しなければ意味がない。意味がなければ効力を発揮しない。呪術というのはそういうものだ」

 香月は呪術を嗜んでいるものの、好んで扱うことはしない。

 呪術よりも自身の気を扱う道術の方が親しみやすく、自身の力を最大限に活用できると知っているからだ。しかし、玄家の次期当主として名が知られている香月を呪い殺そうと企む者は少なくなく、それらに対処する為の方法の一つとして一通りの呪術も習っていた。

 だからこそ、玄武宮に置かれた壺が蟲毒にならないと判断できた。

「だが、それを知らない人にとっては恐ろしいものになるだろう」

 香月は呪詛返しが存在することを知っている。

 中途半端な数しか集められていない壺の中身を思うと、藍洙は呪術に疎いはずだ。呪詛返しの意味を知らない可能性が高いものの、それが人を呪う壺だということはわかっているはずである。

 未知の恐怖は人をどん底に陥れる。

 それを体験することになるだろう。

「承知いたしました。賢妃様。壺を返却してまいります」

 梓晴は頭を下げてから、壺を抱えたまま移動をする。

 後宮の作法には不慣れだった。しかし、賢妃となった香月に恥を欠かせない為、必死になって学んでいる最中だと香月たちは知っている。

 だからこそ、不格好な姿勢で立ち去った梓晴を黙って見送った。

「……賢妃様」

 雲婷は不安が拭いきれなかった。

「貴方様の身を狙う不届き者をいつまで放っておくつもりですか」

 雲婷は侍女頭の誇りがある。

 なによりも、香月の乳母としての情がある。

 我が子よりも慈しんで育て、その成長を見守ってきた雲婷にとって、香月よりも金目のものに目がくらみ、簡単に主人を売るような侍女を泳がせておくのは我慢の限界だった。

「不届き者に気づいてはいないとは言わせませんよ」

 雲婷の言葉に対し、香月は諦めたような顔をした。

 見逃すことはできない。主人を裏切った者は信用できない存在だ。